松田美佐「「遠征」をめぐる人間関係 ― Twitter上で親しくなる過程と社会的場面の切り分けを中心に―」『中央大学社会科学研究所年報』 2019年, 23巻, p.215-232

【本文】 This paper analyses the interviews of university students who engage in ‘Ensei (fan tourism)’, while focusing on their interpersonal relationships. These students mainly use Twitter to get information regarding events and their ti…

【書評】井上義和「中村牧子著『著名人輩出の地域差と中等教育機会――「日本近現代人物履歴事典」を読む』」『社会学評論』2019年, 70巻, 2号, p.164-166

【本文】 著名人輩出の地域差と中等教育機会 作者:中村 牧子 発売日: 2018/10/30 メディア: 単行本

【書評】木戸功評, 筒井淳也, 前田泰樹著『社会学入門――社会とのかかわり方』『社会学評論』2019年, 70巻, 2号, p.161-162

【本文】 社会学入門 -- 社会とのかかわり方 (有斐閣ストゥディア) 作者:筒井 淳也,前田 泰樹 発売日: 2017/10/26 メディア: 単行本(ソフトカバー)

立川雅司「分野別研究動向(人新世) ―人新世概念が社会学にもたらすもの―」『社会学評論』2019年, 70巻, 2号, p.146-160

【本文】 Bonneuil, Christophe and Fressoz, Jean Baptiste, 2013, L’événement anthropocène, Paris: Seuil.(野坂しおり訳,2018,『人新世とは何か――〈地球と人類の時代〉の思想史』青土社.) 人新世とは何か ―〈地球と人類の時代〉の思想史 作者:クリ…

石田英敬,東浩紀著『新記号論 -脳とメディアが出会うとき』(2019)

新記号論 脳とメディアが出会うとき (ゲンロン叢書) 作者:石田 英敬,東 浩紀 発売日: 2019/03/04 メディア: 単行本 現代人はつねにネットワークに接続されている。それはなにを意味するのか。二人の哲学者が、記号論という名の古くて新しいプロジェクトをい…

【書評】北村匡平「ディストピアに逃走線を創造する」『コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探求 ーポスト・ヒューマン時代のメディ ア論』伊藤守編(東京大学出版会、2019 年)『年報カルチュラル・スタディーズ』2020年, 8巻, p.175-178

【本文】 伊藤編『コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探求:ポスト・ヒューマン時代のメディ ア論』2019 コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探求: ポスト・ヒューマン時代のメディア論 発売日: 2019/09/21 メディア: 単行本

阿部和重,伊坂幸太郎著『キャプテンサンダーボルト』(2014)

キャプテンサンダーボルト 作者:和重, 阿部,幸太郎, 伊坂 発売日: 2014/11/28 メディア: 単行本 世界を救うために、二人は走る。東京大空襲の夜、東北の蔵王に墜落したB29。公開中止になった幻の映画。迫りくる冷酷非情な破壊者。すべての謎に答えが出たとき…

中林春海, 水口崇「ファン心理やその活動と大学生の心理的健康の関係 : 現代社会におけるファナティックの様態と意義」『信州心理臨床紀要』2020年, 19巻, p.33-55

【本文】

服部恵典「ポルノグラフィ消費者によるジェンダー化されたジャンルの視聴と解釈 ―女性向けアダルトビデオを視聴するファンに着目して」『年報カルチュラル・スタディーズ』2020年, 8巻, p.35-57

【本文】 ポルノグラフィは、社会的にも社会学的にも議論の係争点であり、ジェンダーの平等が論点となる場合にはとりわけそれが際立つ。その端緒となる反ポルノ派フェミニストの理論が有する問題の1 つに、女性によるポルノの「見方」の多様性を狭めてしまう…

小形道正「ファッションを語る方法と課題 ー消費・身体・メディアを越えて」『社会学評論』2013年, 63巻, 4号, p.487-502

【本文】 現在ファッションに関する研究は, 複雑かつ多岐にわたる一方で, それら諸研究を綜合的な視座から論じる視点は, ほとんど提示されてこなかった. そこで本稿は, まずこれまでのファッション研究の方法論的視線を明らかにしたうえで, 今後の社会学的課…

園田茂人「食文化の変化にみる東アジアのグローバル化 ーアジアバロメーターのデータ分析から」『社会学評論』2009年, 60巻, 3号, p.396-414

【本文】 東アジアのグローバル化を論じる際に,文化,とくに食文化の変容に焦点が当てられるのは稀で,特定の料理がどのように受容されるにいたるかを研究した例は少なくないものの,各地でどのような食が好まれているかを分析した実証研究は皆無に等しい.…

ジャン=ジャック・ヴュナンビュルジェ著,川那部和恵訳『聖なるもの』(1981→2015=2018)

聖なるもの (文庫クセジュ) 作者:ジャン=ジャック・ヴュナンビュルジェ 発売日: 2018/02/21 メディア: 新書 本書は、聖の実践と理論をもとに、聖なるものに関する経験、制度および概念論を大きく通観する。学術的参照範囲は広く、これまで人文科学系の諸分野…

南谷えり子,井伊あかり著『ファッション都市論-東京・パリ・ニューヨーク』(2004)

東京・パリ・ニューヨーク ファッション都市論 (平凡社新書) 作者:えり子, 南谷,あかり, 井伊 発売日: 2004/10/01 メディア: 新書 世界のファッション先端都市―東京・パリ・ニューヨーク。パリは「ファッションの都」として君臨しているが、そこに住む人は「…

小河原あや「ヒッチコック『ロープ』の長廻し移動撮影とショット繋ぎにおける「精神/道徳的」表現 ーロメール&シャブロルの議論を導き手に」『映像学』2014年, 93巻, p.23-40,94-95

【本文】 Hitchcock's famous use of long takes and a tracking camera in Rope (1948) was criticized by Truffaut and others as being a rejection of montage. Hitchcock himself considered the film 'pure cinema' - the movement of camera and perf…

江本紫織「能動的プロセスとしての写真 ーコンテクストに対する有機的関わりの点から」『映像学』2016年, 96巻, p.110-129

【本文】 これまで写真は、コンテクストやプロセスに対して受動的な位置付けを与えられてきた。その要因となってきたのは、撮影・呈示におけるコード化、観賞でのコンテクストによる意味の規定である。しかし誰もが写真の撮影者・呈示者・観者になり、それぞ…

鈴木啓文「カサヴェテス作品に見る揺れ動く情動、変様する身体 ーもう一つのスピノザ-ドゥルーズ的な映画身体」『映像学』2018年, 100巻, p.73-91

【本文】 従来、映画のショック体験がしばしば論じられてきた。対して、本論は触発し変様する映画身体の体験を考える。そのためにまず、ショック体験やイメージの強度的体験を重視するドゥルーズの『シネマ』とドゥルーズ的な映画身体論を確認する。そのうえ…

岡島紳士, 岡田康宏著『グループアイドル進化論-「アイドル戦国時代」がやってきた!』(2011)

グループアイドル進化論 (マイナビ新書) 作者:岡島 紳士,岡田 康宏 発売日: 2011/01/24 メディア: Kindle版 80年代のおニャン子クラブから、モーニング娘。を経て、AKB48へ。時代とともに移り変わってきた人気グループアイドルの成り立ちと変遷を追うことで…

河村裕樹「精神医療の社会学的記述にむけて ー参与者の志向に即した記述」『現代社会学理論研究』2019年, 13巻, p.83-95

【本文】 近年、精神医学的な知識や医療をめぐって大きな変化が生じている。ひとつには地域移行が、もうひとつには精神医療の参与者と精神医学的な知識とのかかわり方の変容があげられる。本稿ではこうした変容を受け、社会学は精神医療や精神医学的知識につ…

安部孝典「トリュフォー映画における死のイメージ再考」『映像学』2020年, 104巻, p.179-197

【本文】 フランソワ・トリュフォーの映画で描かれる人物の死は、写真や肖像画のような不動化されたイメージとしばしば関連づけられ論じられてきた。しかし、トリュフォー作品に見られる死のイメージは静的なイメージだけではなく、ある種の運動状態にあるイ…

真鍋公希「『空の大怪獣ラドン』における特撮の機能 ー怪獣映画の「アトラクション」をめぐって」『映像学』2018年, 99巻, p.25-45

【本文】 円谷英二が特技監督を務めた『空の大怪獣ラドン』(1956 年、以下『ラドン』)は、公開当時から高く評価されている作品である。しかし、特撮映画に関する先行研究は『ゴジラ』(1954 年)ばかり注目してきたため、本作はほとんど分析されてこなかっ…

小池勝也「室町期鶴岡八幡宮寺における別当と供僧」『史学雑誌』2015年, 124巻, 10号, p.1699-1735

【本文】 The aim of the present article is to examine the historical development of the Tsuruoka Hachiman Shrine (present day Kamakura, Kanagawa Prefecture) during the Muromachi period, a subject that has not been given serious attention f…

スベン・クラーマー 「「宗教都市」天理市の誕生 その問題点と市町村合併史上の意味」『史学雑誌』2017年, 126巻, 8号, p.54-76

【本文】 1953年10月から実施された「昭和の大合併」は日本の第2次大規模市町村合併政策である。それは各都道府県の市町村を対象にし、市町村の数を3分の1に減らすという目標で実施された。主な目的は戦後の地方行政団体(兼自治体)の財政危機の解決だとさ…

ジェイミー・バートレット著, 秋山勝訳『操られる民主主義-デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』(2018=2018→2020)

操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか 作者:ジェイミー・バートレット 発売日: 2018/09/25 メディア: Kindle版 いつのまにか「私の考え」が誘導されていた?SNSが人びとの抑えられた感情を増幅し、ビッグデータが自由な判断…

三田知実「衣料デザインのグローバルな研究開発拠点としての都市細街路 ―東京都渋谷区神宮前における住宅街からの変容過程―」『日本都市社会学会年報』2013年, 2013巻, 31号, p.61-76

【本文】 The purpose of this paper is to describe the process in which residential close alleys developed into the global hub for clothing design by using the case study of Jingu-mae, in Shibuya, Tokyo, and to discuss this transformation f…

桑原夏子「最古の聖母晩年伝壁画のテキスト研究 ーローマ、フォルトゥーナ・ヴィリーレ 神殿あるいはサンタ・マリア・デ・セクンディチェリオ聖堂壁画(872年─882年)」『美学』2017年, 68巻, 2号, p.25-

【本文】 My paper shows one of the textual sources for the wall painting of the temple of Fortuna Virile (the church of Santa Maria di Secundicerio) (Italy, Rome, 872-882) which presents the Marian cycle with her last days, the story of St…

譲原晶子「バレエにおけるアラベスクとグロテスク」『美学』2018年, 69巻, 1号, p.121-

【本文】 The arabesque, a figure symbolic of ballet, was first defined as body attitude by Italian ballet master Calro Blasis. Falcone discusses a strong influence on Blasis’ theory from artists who took inspiration from the frescoes of He…

玉田健太「夢の交点/欲望の対立 ヴィンセント・ミネリ ー『ボヴァリー夫人』のニューロティック・ワルツ」『映像学』2016年, 96巻, p.48-67

【本文】 本論文はヴィンセント・ミネリ監督による1949 年公開のハリウッド映画『ボヴァリー夫人』について論じる。本作は先行研究において、ヒロインであるエマの欲望とその抑圧を中心に論じられてきた。それに対して本論文は、フローベールによる原作小説…

毛塚和宏「個人主義の浸透は恋愛結婚の普及に寄与したか ー選好の進化アプローチによる説明」『社会学評論』2017年, 68巻, 2号, p.194-212

【本文】 本稿の目的は「個人主義の浸透により恋愛結婚が普及した」という個人主義仮説を, フォーマル・アプローチによって検討することで, 新たな理論的説明を提示することである. 個人主義仮説は, 「家」や「分」を重視するような集団主義的な人々は見合い…

馬定延「スクリーンとポストプロダクション:現代美術の映像表現をめぐって」『映像学』2019年, 102巻, p.6-13

【本文】

関口敦仁「“ザイケン”からみる日本の現代美術での映像表現の受容」『映像学』2019年, 102巻, p.14-23

【本文】