ミランダ・フリッカー著,飯塚理恵訳『認識的不正義 -権力は知ることの倫理にどのようにかかわるのか』(2007=2023)

 

黒人であることで警官から疑われる場合のように、聞き手の偏見のせいで話し手が過度に低い信用性しか受け取れない「証言的不正義」。セクハラの概念が存在しない時代にそれに苦しんだ人のように、集団的な解釈資源のせいで経験の理解を妨げられ不利な立場とされる「解釈的不正義」。認識論・倫理学フェミニズム哲学を横断する思索。

日本語版への序文
序 文

序 章

第1章 証言的不正義
 1・1 権力
 1・2 アイデンティティの力
 1・3 証言的不正義の中心事例

第2章 信用性の調整における偏見
 2・1 ステレオタイプと偏見的ステレオタイプ
 2・2 偏見なしの証言的不正義?
 2・3 証言的不正義の不正

第3章 証言の徳認識論的説明に向けて
 3・1 推論主義と非推論主義の論争から新たな立場をスケッチする
 3・2 責任ある聞き手とは?
 3・3 有徳な知覚──道徳と認識
 3・4 感受性を訓練する

第4章 証言的正義の徳
 4・1 偏見を修正する
 4・2 歴史、非難、そして道徳的落胆

第5章 証言的正義の系譜学
 5・1 真理についての第三の基本徳
 5・2 認識と倫理のハイブリッドな徳

第6章 原初的な意義──不正についての再検討
 6・1 二種類の沈黙
 6・2 知識の主体という考えそのものについて

第7章 解釈的不正義
 7・1 解釈的不正義の中心事例
 7・2 解釈的周縁化
 7・3 解釈的不正義の不正
 7・4 解釈的正義の徳

結 論

原 注
訳 注
監訳者解説[佐藤邦政]
訳者あとがき[佐藤邦政・飯塚理恵]
文献一覧
索 引