雑賀広海「落下と反復のスペクタクル ー『プロジェクトA』と『ポリス・ストーリー/香港国際警察』における肉体性と形象性」『映像学』2019年, 101巻, p.49-68

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本論文は、ジャッキー・チェンの落下に注目する。先行研究では、危険なス タントを自ら実演することによって、身体の肉体的真正性が強調されるという 側面が論じられてきた。しかし、『プロジェクト A』(1983)や『ポリス・ス トーリー/香港国際警察』(1985)における落下スタントの反復は、むしろ真 正な身体を記号的な身体に変換しようとしている。なぜなら、反復は身体が受 ける苦痛を帳消しにする効果があるからだ。加えて、反復は物語の展開にとっ ては障害でしかない。こうしたことから、ジャッキー作品の反復は、スラップ スティック・コメディのギャグと同様の機能を持ち、スタントをおこなう彼の 身体は初期アニメーションの形象的演技へと接近していく。本論文は、ジャッ キーと比較するために、ハロルド・ロイドやバスター・キートン、ディズニー の 1920 年代末から 1940 年代までの作品までを扱う。そして、アニメーショ ンの身体性と空間についての議論や、スラップスティック・コメディにおける ギャグ論などを参照し、映像理論的に落下の表象を論じる。こうした作品分析 をおこなうことで、ジャッキー・チェンの身体を肉体性から引きはがす。さら に、彼の映画では、身体だけではなく、まわりの空間までも非肉体的な形象に 置き換えられていることを明らかにする。結論では、肉体性と形象性の境界を 反復運動することが彼のスターイメージの特色であることを主張する。

 52「『要心無用』を見る観客を、ヴィヴィアン・ソブチャックの「映画感覚的主 観性(cinesthetic subject)」という概念に沿って説明すれば、観客の身体は映画 館の座席上(オフスクリーン)にあると同時に映画内(オンスクリーン)にも ある(Sobchack 72)」