松尾大著『〈序文〉の戦略 ー文学作品をめぐる攻防』(2024)

 


文学作品が刊行されたあと非難や攻撃や異議を受けるというのは今日でも目にする光景です。学術的な論文や書籍でも、文学作品でも、盗用の疑惑をもたれたり、実際に告発されたりすることは決して稀ではありません。そういうとき、後ろめたさゆえに無言を貫く著者もいるでしょう。告発はあたらないと思いつつ、言い訳をしないのが美徳だと考えて、あえて反論しないケースもあるでしょう。その一方で、批判は間違っていると確信して反論する著者ももちろんいます。
こうした光景はめずらしくないだけに、あらかじめ弁明や正当化、謝罪や説明を表明する著者がいることにも不思議はありません。本書は「序文」に注目して、作家たちが序文でいかなる戦略を展開しているのかを紹介しつつ、個々の戦略を分類しつつ説明していきます。すでに起きているものであれ、まだ起きていないものであれ、攻撃に対する防御のために利用される戦場が序文であり、そこには文学者たちが編み出した戦略と戦術があるのです。
目次を見ていただければお分かりのように、想定されている「攻撃」は実に多種多様であり、それに応じて「防御」の戦術も多種多様です。西洋古典から近代文学に至るヨーロッパ文学に造詣が深いだけでなく、修辞理論にも通じた著者が、渉猟した膨大な作品から実例を選りすぐりました。そこで繰り広げられている作家たちの戦いの場に、本書で立ち会ってください。文学作品を読んでいる時には見過ごしてしまう巧妙なテクニックの数々を目撃し、驚愕すること、請け合いです。

第I部 序文の防御戦略を記述するさまざまな理論
第1章 伝統レトリック
第2章 メタ談話
第3章 ポリフォニー
第4章 読 者
第5章 言語行為
第6章 ポライトネス

第II部 攻撃側のさまざまな訴因
第7章 涜 神
第8章 猥 褻
第9章 剽 窃
第10章 背徳と反体制
第11章 性別や人種に関する規範に違反
第12章 有害無益
第13章 虚偽と実在指示
第14章 ジャンルの規則に違反
第15章 悪 文
第16章 不出来

11 ジュネット「パラテクスト」弁明、正当化、謝罪、説明を表明などの言語行為をするためテクストの周辺に配備されたテクスト

奥泉光著『雪の階』(2018)

 

昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。

富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――。

 

東浩紀著『訂正する力』(2023)

 

ひとは誤ったことを訂正しながら生きていく。

哲学の魅力を支える「時事」「理論」「実存」の三つの視点から、現代日本で「誤る」こと、「訂正」することの意味を問い、この国の自画像をアップデートする。

デビュー30周年を飾る集大成『訂正可能性の哲学』を実践する決定版!

聞き手・構成/辻田真佐憲 帯イラスト/ヨシタケシンスケ

保守とリベラルの対話、成熟した国のありかたや老いの肯定、さらにはビジネスにおける組織論、日本の思想や歴史理解にも役立つ、隠れた力を解き明かす。それは過去との一貫性を主張しながら、実際には過去の解釈を変え、現実に合わせて変化する力――過去と現在をつなげる力です。持続する力であり、聞く力であり、記憶する力であり、読み替える力であり、「正しさ」を変えていく力でもあります。そして、分断とAIの時代にこそ、ひとが固有の「生」を肯定的に生きるために必要な力でもあるのです。

第1章 なぜ「訂正する力」は必要か
第2章 「じつは……だった」のダイナミズム
第3章 親密な公共圏をつくる
第4章 「喧騒のある国」を取り戻す

 

森本光「レーマンによるヒッチコック――『北北西に進路を取れ』のダイアローグ分析」『映像学』2024 年 111 巻 p. 28-46

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本稿は、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『北北西に進路を取れ』(1959)について、この作品のオリジナル脚本を手がけたアーネスト・レーマンの仕事を評価しつつ、そのダイアローグの言語的な地平に光を当てようという試みである。従来、ヒッチコック作品は、監督の「純粋映画」の主張のために、その視覚的表現に主に焦点が当てられ、ダイアローグや言語的側面はあまり注目されることがなかった。しかし、作家主義の概念の見直しが進むにつれ、近年では、ヒッチコック映画にたずさわった脚本家たちの仕事が脚光を浴びるようになってきている。したがって、この文脈をふまえて、本稿は『北北西に進路を取れ』におけるダイアローグについて検討し、そこに見出される言語にまつわる問題について考察している。この映画のナラティヴでは、冷戦を背景とするスパイ・スリラーのプロットと、メイン・キャラクターであるロジャー・ソーンヒルの自己形成のドラマのプロットが同時に進行する。後者のドラマのプロットでは言語の問題が重要なテーマとなっており、その主題は、映画全編にわたって展開されている。本稿では、「ヒッチコック・純粋映画・映像」から「レーマン・ダイアローグ・言語」へと視点を変えて眺めることで、この映画の従来とは異なる見方を提示する。

 

藤田正勝著『日本哲学入門』(2024)

 

西洋哲学と出会って150年、日本の哲学者たちは何を考え、何を目指してきたのか。日本哲学のオリジナリティに迫る、第一人者による入門書の決定版!

【本書のおもな内容】
・日本最初の哲学講義はいつ行われた?
・「哲学」という呼び名はこうして生まれた
西田幾多郎の「純粋経験」を知る
・経験と言葉のあいだにあるもの
・言葉の創造性を考える
・人間の生のはかなさと死に迫る
・心によって生かされた身体とは
田辺元が生み出した「種の理論」
・「自然」という言葉の歴史
和辻哲郎の「風土論」
・美とは何か、芸術とは何か
・移ろうものと移ろわぬもの
・光の世界と闇の世界

第1講「日本の哲学」とは/第2講 哲学の受容第/3講 経験/第4講 言葉/第5講 自己と他者/第6講 身体/第7講 社会・国家・歴史/第8講 自然/第9講 美/第10講 生と死

88 山内得立

109 上田閑照

112 坂部恵

158 市川浩『精神としての身体』1975『〈身〉の構造』1984

162 中村雄二郎「共通感覚」論

164 湯浅泰雄

233 深田康算『美と芸術の理論』

234 岩城見一

光瀬龍著『百億の星と千億の夜』(1973)

 

西方の辺境の村にて「アトランティス王国滅亡の原因はこの世の外にある」と知らされた哲学者プラトンは、いまだ一度も感じたことのなかった不思議な緊張と不安を覚えた……プラトン、悉達多、ナザレのイエス、そして阿修羅王は、世界が創世から滅亡へと向かう、万物の流転と悠久の時の流れの中でいかなる役割を果たしたのか?――壮大な時空間を舞台に、この宇宙を統べる「神」を追い求めた日本SFの金字塔。

 

トーマス・パー, ジョバンニ・ペッツーロ, カール・フリストン著, 乾敏郎訳『能動的推論 ー心、脳、行動の自由エネルギー原理』(2022)

 

ヒトにおける知覚、認知、運動、思考、意識…それぞれの仕組みの解明に向けた研究が進む中、それらをたった1つの原理で説明する画期的な理論が世界的に大きな注目を集めている。
――著者の一人、神経科学者フリストンが提起した「自由エネルギー原理」である。本書ではこの原理の意義を強調しながら、我々が生きる世界についての不確実性を解消する「能動的推論」を解く。認知的現象を統一的に説明した、今までにない新たなモデルを提供する書。

序 文
凡 例


 第Ⅰ部

1 序 章
  1.1 はじめに
  1.2 生物はどのようにして生存し,適応的に行動するのか?
  1.3 能動的推論:第一原理から行動を考える
  1.4 本書の構成
  1.5 まとめ

2 能動的推論への常道
  2.1 はじめに
  2.2 推論としての知覚
  2.3 生物の推論と最適性
  2.4 推論としての行為
  2.5 モデルと世界の間のずれを最小化する
  2.6 変分自由エネルギーの最小化
  2.7 期待自由エネルギーと推論としての行動計画
  2.8 期待自由エネルギーとは何か
  2.9 常道の終わりに
  2.10 まとめ

3 能動的推論への王道
  3.1 はじめに
  3.2 マルコフ・ブランケット
  3.3 サプライズの最小化と自己証明
  3.4 推論,認知,および確率的ダイナミクスの関係
  3.5 能動的推論:行動と認知を理解するための新しい基盤
  3.6 モデル,ポリシー,および軌道
  3.7 能動的推論のもとでのエナクティブ理論,サイバネティクス理論,予測理論の統合
  3.8 能動的推論:生命の誕生から主体性まで
  3.9 まとめ

4 能動的推論の生成モデル
  4.1 はじめに
  4.2 ベイズ推論から自由エネルギーまで
  4.3 生成モデル
  4.4 離散時間の能動的推論
  4.5 連続時間の能動的推論
  4.6 まとめ

5 メッセージパッシングと神経生物学
  5.1 はじめに
  5.2 微小回路とメッセージ
  5.3 運動指令
  5.4 皮質下構造
  5.5 神経修飾と学習
  5.6 連続的な階層と離散的な階層
  5.7 まとめ


 第Ⅱ部

6 能動的推論モデルを設計するためのレシピ
  6.1 はじめに
  6.2 能動的推論モデルの設計:4段階のレシピ
  6.3 どんなシステムをモデリングしているのか?
  6.4 生成モデルの最も適切な形とは
  6.5 どのように生成モデルを設定するか?
  6.6 生成プロセスの設定
  6.7 能動的推論を用いたデータのシミュレーション,可視化,分析,フィッティング
  6.8 まとめ

7 離散時間の能動的推論
  7.1 はじめに
  7.2 知覚処理
  7.3 推論としての意思決定と行動計画
  7.4 情報探索
  7.5 学習と新規性
  7.6 階層的推論または深い推論
  7.7 まとめ

8 連続時間の能動的推論
  8.1 はじめに
  8.2 運動制御
  8.3 ダイナミカルシステム
  8.4 一般化同期
  8.5 ハイブリッド(離散および連続)モデル
  8.6 まとめ

9 モデルベースのデータ分析
  9.1 はじめに
  9.2 メタベイズ
  9.3 変分ラプラス
  9.4 パラメトリック経験ベイズ法(PEB)
  9.5 モデルベースの解析手順
  9.6 生成モデルの例
  9.7 誤推論のモデル
  9.8 まとめ

10 感覚状態に反応する行動の統一理論としての能動的推論
  10.1 はじめに
  10.2 これまでのまとめ
  10.3 点をつなぐ:能動的推論の統合的視点
  10.4 予測する脳,予測する心,そして予測処理
  10.5 知 覚
  10.6 行為の制御
  10.7 効用と意思決定
  10.8 行動と限定合理性
  10.9 感情価,情動,モチベーション
  10.10 ホメオスタシス,アロスタシス,内受容処理
  10.11 注意,顕著性,認識的ダイナミクス
  10.12 規則学習,因果推論,および高速の般化
  10.13 能動的推論と他の分野:未解決の問題
  10.14 まとめ


補遺A-数学的背景
  A.1 はじめに
  A.2 線形代数
  A.3 テイラー級数近似
  A.4 変分法
  A.5 確率的ダイナミクス

補遺B-能動的推論の方程式
  B.1 はじめに
  B.2 マルコフ決定過程
  B.3 (能動的)一般化フィルタリング

補遺C-注釈付きMatlabコードの例
  C.1 はじめに
  C.2 予備知識
  C.3 尤 度
  C.4 遷移確率
  C.5 事前選好と初期状態
  C.6 ポリシー空間
  C.7 まとめよう
  C.8 シミュレーションとプロッティング

注 記
引用文献
訳者あとがき
索 引