森本光「レーマンによるヒッチコック――『北北西に進路を取れ』のダイアローグ分析」『映像学』2024 年 111 巻 p. 28-46

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本稿は、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『北北西に進路を取れ』(1959)について、この作品のオリジナル脚本を手がけたアーネスト・レーマンの仕事を評価しつつ、そのダイアローグの言語的な地平に光を当てようという試みである。従来、ヒッチコック作品は、監督の「純粋映画」の主張のために、その視覚的表現に主に焦点が当てられ、ダイアローグや言語的側面はあまり注目されることがなかった。しかし、作家主義の概念の見直しが進むにつれ、近年では、ヒッチコック映画にたずさわった脚本家たちの仕事が脚光を浴びるようになってきている。したがって、この文脈をふまえて、本稿は『北北西に進路を取れ』におけるダイアローグについて検討し、そこに見出される言語にまつわる問題について考察している。この映画のナラティヴでは、冷戦を背景とするスパイ・スリラーのプロットと、メイン・キャラクターであるロジャー・ソーンヒルの自己形成のドラマのプロットが同時に進行する。後者のドラマのプロットでは言語の問題が重要なテーマとなっており、その主題は、映画全編にわたって展開されている。本稿では、「ヒッチコック・純粋映画・映像」から「レーマン・ダイアローグ・言語」へと視点を変えて眺めることで、この映画の従来とは異なる見方を提示する。