蓮實重彦,養老孟司著『蓮實養老縦横無尽ー学力低下・脳・依怙贔屓』(2002)

 

映画評論家、文芸評論家、フランス文学者、そして前東大総長という肩書きを持つ蓮実重彦と、『唯脳論』などで知られる、おそらく日本で最も有名な解剖学者であり、定年の2年前に東大を「捨てた」養老孟司による対談と講演をまとめた1冊。「学力低下」や「言葉と実体」、「偏愛と真理」といったテーマを、プラトンからフーコードゥルーズガタリを引き合いに出して語りつくす。
「改革、改革」と喧しい世の中だが、本書の著者2人が深くかかわる大学もまた「改革」の気運にのみ込まれている。そして「大学改革」について語るとき、必ず出てくるのが大学生の学力低下。「大学生の基礎的な学力が低下しているからどうにかしなければならない…」。マスコミをはじめ、いたるところでよく聞く話である。

だが、著者はこのような趨勢(すうせい)に疑義を呈す。「改革」を声高に叫んだところで、果たして何かが変わるのかと。これはむしろ「改革」を放棄していることのあらわれではないのかと。そもそも「学力低下があるのかないのか」という問題設定が間違えているという。大衆化の進んだ社会では、たとえば数学の平均点が下がるのは当たり前である。しかしだからといって、今後天才的な数学者が現れないかといえば、決してそんなことはない。

何に対してもわかりやすい「問題」と表面的な「答え」ばかりを求める現代社会の虚構を指摘する、蓮実節・養老節全開の、諧謔(かいぎゃく)と皮肉に満ちた刺激的な1冊である。 (深澤晴彦)

第1章 血圧と学力(正規分布;依怙贔屓)
第2章 言葉と事件(言葉;脳)
第3章 偏愛と真理(自己同一性;好ましい細部)