宮本直美「日本における音楽祭の変遷とオーセンティシティ」『社会学評論』2011年, 62巻, 3号, p. 375-391

本文

オーセンティシティ概念がツーリズム研究の中で中心的な議論を形成して久しいが, 本稿は, クラシックの音楽祭の分析を通して, この概念をめぐる議論に新たな局面を拓こうとするものである. そもそも, この概念は, 西洋化, 近代化, 商業主義化にさらされる非西洋地域の文化について, つまりエスニック・ツーリズムの文脈で議論されてきたのだが, この概念がさまざまな検討を経てより複雑で新しい意味を獲得した現在, 西洋側の文化であるクラシックの音楽祭を分析することが可能であり, それによって新たな意味を加えることができる. 半世紀にわたる日本の音楽祭の傾向からは, 西洋音楽に無縁な日本の土地が場所としてのオーセンティシティを獲得しようとする努力が見出される一方で, そこでは一貫して「一流の演奏家」といった宣伝文句が見られるように, 高い演奏水準がアピールし続けてきた. この普遍的な質への要求に見えるものが, じつは西洋の伝統的な演奏スタイルの継承によって保証されていることを考察するとき, 質の高さもまた, オーセンティシティへの要求であることがわかるのである.