倉田剛著『日常世界を哲学する-存在論からのアプローチ』(2019)

 

日常世界を哲学する 存在論からのアプローチ (光文社新書)

日常世界を哲学する 存在論からのアプローチ (光文社新書)

  • 作者:倉田 剛
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/08/20
  • メディア: 新書
 

存在論」とは、何かが「ある」とはどういうことかを考える哲学の一大分野である。起源は古代に遡るが、現代では、ある事実が成立するためには何が存在し、存在するもの同士はどのような関係にあるかを問題にする。具体的には「安倍内閣辺野古移転を正しいと信じている」という時の「信念」の主体は誰か、「パワハラ」は社会の中でどのように「ある」のか、「KY」の「空気」とはどのような性質を持つものかなど、あらゆる事象の前提、すなわち世界がよって立つ基礎を考察している。私たちの「当たり前」を問い直すことで、日常は違った相貌を現す。哲学の最前線を体感するスリリングな講義。

序 論 日常世界を哲学する
第1章 ハラスメントはいかに「ある」か?――「社会的事実」を考える
第2章 「空気」とは何か?――「社会規範」の分析
第3章 集団に「心」はあるのか?――全体論的アプローチ
第4章 時計は実在するのか?――「人工物」のリアリティーについて
第5章 サービスの存在論――私たちが売買する時空的対象
第6章 キャラクターの存在と同一性――「人工物説」の立場から

129 多くの哲学者が、種が実在的である基準を(1)各適性(determinateness)(2)心からの独立性(mind-independence)に求めてきた。著者は、以下の説は、自然種を人工物種に組み込もうとするあまり、私たちの志向的態度(心的態度)を無視する傾向があると指摘する(146)

132「人工物種と実在的な種のリストから排除する標準的理論は、ジョン・ロックによる実在的本質(real essence)と名目的本質(nominal essence)の区別から出発しました。ロックによれば、私達が各々の種の名前に結びつけた抽象観念は「名目的本質」です。それはある種を他の種から区別させる「尺度・限界」であるとも言われます。これに対し、実在的本質とは、「この名目的本質ならびにその種の全特性がもとづく実体の実在的構造(the Constitutuin on Substance)を指します」

134 実在的本質→種の帰属を決める内在的性質、名目的本質→分類を行う私たちの心の中の観念に依存する性質とされる。自然種理論は、この二分法にもとづき、自然種=実在種、人工物種=たんなる名目種と結論づける。

135 リチャード・ボイド「恒常的性質群の理論」((Homeostatic Property Cluster Theory, HPC説)「生物種を標準的な自然種理論の適用範囲の外に置くのではなく、むしろ生物種を中心に据えて自然種理論を組み立て直そうとする」あらゆる個体が例外なく性質を持つことは要求されない。

136 基底的メカニズム(underlying mechanism)=性質群の安定性に因果的に寄与する構造。

136「HPC説における自然種とは、それに属する個体のうちにまとまりをもって現れる安定した性質群、およびそのまとまりを生じさせる基底的メカニズムによって個別化される」

138 ルース・ギャレット・ミリカンの「固有機能」(proper function)クロフォード・エルダー, 植原亮「人工物種の基底的メカニズムは、起源論的な機能(etiological function)としての固有機能、およびそれが支える複製プロセス(copying process)である。=起源論的機能説

194「アレクシウス・マイノングというオーストリアの哲学者は、「FであることもFでないことも成り立たない」対象ーそれについて排中律が成り立たない対象を「不完全対象」と呼びました」

200「マイノング本人が「二次的な種類の存在」といった概念を用いていたか否かは別として、クリプキがマイノングに帰す区別は、現代の代表的なマイノング主義者たちには当てはまります。というのも、しばしば彼らは、「ハムレットは存在しない(do not exist)が、それはある(there is)」という言い回しを用いるからである。しかし、一般的に、クリプキにはじまる人工物説は、「存在する」と「ある」とのこうした区別を認めず、虚構のキャラクターは端的に存在する、しかも現実的に存在すると主張します」

210「マイノング主義では、二つのキャラクターが同一であるのは、それらがまったく同じ性質をエンコードする場合、かつその場合に限ると規定されます。「エンコード」という言葉は聞き慣れないでしょうが、ここでは虚構的対象がもつ一つの仕方だと理解して下さい」