平井秀幸「ポスト・リスクモデルの犯罪者処遇へ? (課題研究:犯罪社会学におけるリスク社会論の意義)」『犯罪社会学研究』2016年, 41巻, p.26-46

 【本文

理論犯罪学の伝統的理解では,規律から管理へと犯罪統制トレンドが変化するなかで,リスクは犯罪者処遇ではなく犯罪予防やリスク人口層の管理と結びつくようになっているとされる.しかし,そうした理解は経験的・理論的に見て必ずしも妥当なものではない.エビデンスに基づく犯罪者処遇の上昇に伴って,認知行動療法のようなリスクモデルの犯罪者処遇がグローバルな拡がりを見せており,それは新自由主義的合理性に基づくリスク回避型自己の責任化実践として作動しつつある.とはいえ,近年ではリスクモデルの犯罪者処遇と並行して,レジリエンスを鍵概念のひとつとする新たな犯罪者処遇が現れはじめてもいる.リスクモデルにおいて回避・対処すべき再犯リスクとみなされた困難状況(不確実性)は,レジリエンス原則のもとでは前進・成長のチャンスとして積極的に受けとめられ,元犯罪者は不確実性受容型自己として責任化される.慎慮主義的なリスク回避型自己とアントレプレナー的な不確実性受容型自己は,共に新自由主義を支える主体像としてポスト・リスクモデルの犯罪者処遇のなかで共存し得るものかもしれない.新時代の犯罪者処遇研究には,「リスクと犯罪者処遇」という従来の枠組を超えた新たな問題設定と,それに基づく経験的・批判的研究の更なる蓄積が求められている.

 

ネイト・シルバー著, 川添節子訳『シグナル&ノイズ -天才データアナリストの「予測学」』(2012=2013)

 

「私たちはシグナルを探そうとしてノイズを集めている」米大統領選で「オバマの勝利」を完璧に予測し、世界を騒然とさせた希代のデータアナリストが、情報の洪水のなかから真実(シグナル)を見つけ出す統計分析理論と予測技法を初公開. 

序章 情報が増えれば、問題も増える
第1章 壊滅的な予測の失敗
第2章 キツネとハリネズミ――予測が当たるのはどっち?
第3章 マネーボールは何を語ったか?
第4章 天気予報――予測がうまく機能している数少ない分野
第5章 巨大地震のシグナルを探す
第6章 経済予測はなぜ当たらないのか?
第7章 インフルエンザと予測モデル
第8章 間違いは減っていく――ギャンブルとベイズ統計
第9章 機械との闘い
第10章 ポーカー・バブル
第11章 打ち負かすことができないなら――金融市場と予測可能性
第12章 地球温暖化をめぐる「懐疑心」
第13章 見えない敵――テロリズム統計学
結 論 予測の精度はもう少し高められる

 

田中智仁「万引きの被疑者に対するセレクティブ・サンクション ー文化的側面と保安警備業務に着目した考察」『犯罪社会学研究』2018年, 43巻, p.42-56

本文

2010年から全ての万引きが警察へ通報されることになったが,万引き対策には多様な価値観が反映されており,店舗内処理も残存している.本稿の目的は,万引き対策の歴史的変遷を概観し,文化的側面と保安警備業務に着目した上で,万引きに関する有識者研究会(東京都)の報告書の意義と課題を明らかにすることである.16-19世紀の欧米では主に百貨店で中流階級以上の女性による万引きが多発し,被疑者を捕捉するために警備員が配置されるようになったが,階級とジェンダーの意識が根強く,穏便な対応をせざるを得なかった.日本でも20世紀前半に万引きが女性犯罪と見做され,その要因は店舗にあると指摘された.戦後は万引きが少年犯罪と見做されるようになり,保安警備業務成立後も就業や就学に支障がないように店舗内処遇が一般化した.しかし,万引きが高齢者犯罪となったことで,従来の対策を転換する必要に迫られた.報告書は高齢者の万引きに特化した稀少な研究成果であり,認知症の影響や店舗要因説をエビデンスに基づいて検証したこと等に大きな意義がある.一方で,警備員が高齢者を選んで捕捉する可能性を検証すること,被疑者像を高齢者に固定化しかねないことが課題である.

Abelson, E., 1990, When ladies go a-thieving: Middle-Class Shoplifters in the Victorian Department Store, Oxford University Press(=1992,椎名美智・吉田俊実訳
『淑女が盗みにはしるとき―ヴィクトリア朝期アメ リカのデパートと中流階級の万引き犯』国文社.)

Shteir,R.2011, THE STEAL: A Cultural History of Shoplifting, The Penguin Press(=2012,黒川由美訳『万引きの文化史』太田出版.)

万引きの文化史 (ヒストリカル・スタディーズ03)

万引きの文化史 (ヒストリカル・スタディーズ03)

 

 

周[イ]生, 小泉國茂「冷蔵庫を事例とした日中間のグローバルリサイクルシステムの環境影響評価」『政策科学』立命館大学政策科学会, 2005年, 13巻, 1号, p.43-52

本文

アジアの経済発展と共に貿易構造の多角化が進み、消費国と生産国間の資源循環量が激増している。生産国で生産され、消 費国で廃棄物となった資源が、生産国に循環することによって新たな枯渇性資源採掘が抑制され、資源問題と環境問題が緩和 される。枯渇性資源の最大活用を目指して、輸入廃棄物を手作業により分解・分別し、資源生産性を高めている国が中国であ る。この資源生産性の高さを利用して、EUアメリカ、日本の資源廃棄物が、中国に大量に輸出されている。資源生産性を 極大化し、その他の環境影響を最小化するには、環境影響を定量的に評価することが重要である。本論文では、資源生産性評 価として素材別の再資源化率を用い、環境影響を大気限定ではあるが、新たに素材を製造する際に排出される CO2,SO2,NOx な どの大気汚染物質削減量を評価基準とし、LCA(ライフサイクルアセスメント)によって評価する方法を提案した。日本に輸 入された中国製廃冷蔵庫重量相当分を中国へ資源循環し、再資源化した場合を想定し、貿易形態別のモデルにより評価した結 果、再資源化率は冷蔵庫 1 台当たり 23 %上昇し、大気汚染物質排出量も2倍~ 10 倍以上削減できることが明らかになった。 また、貿易形態によっては大気汚染物質削減量が低くなるモデルがあることも明らかにすることができた。

 

網谷龍介「20世紀ヨーロッパにおける政党デモクラシーの現実モデル ―H. ケルゼンの民主政論を手がかりに―」『年報政治学』2016年, 67巻, 2号, p.78-98

本文

本論文は, 議会制デモクラシーをめぐるわれわれの理解について, 歴史的な視点から再検討を行うものである。現在, 民主政の経験的研究においては, 「競争」 を鍵となるメカニズムとするのが通例である。本論文はこのような想定を相対化し, 「競争」 ではなく政党による社会の 「統合」 と, そのような政党が多数決を行うためにうみ出す 「妥協」 が, 20世紀ヨーロッパの議会制民主主義の核となるメカニズムであった可能性を指摘する。具体的には, まずオーストリアの国法学者ケルゼン (H. Kelsen) の民主政論が検討され, 20世紀政党デモクラシーの理論的存立構造の一つのモデルが提示される。そして, 彼の議論が単なる理論にとどまらず同時代の現実の政治制度や政党における議論にも対応物を持つことが明らかにされる。現状分析に持つ含意としては, 制度のみでは担保できない社会的 「統合」 のような諸条件に民主政の機能が依存していることが示唆される。