【本文】
2010年から全ての万引きが警察へ通報されることになったが,万引き対策には多様な価値観が反映されており,店舗内処理も残存している.本稿の目的は,万引き対策の歴史的変遷を概観し,文化的側面と保安警備業務に着目した上で,万引きに関する有識者研究会(東京都)の報告書の意義と課題を明らかにすることである.16-19世紀の欧米では主に百貨店で中流階級以上の女性による万引きが多発し,被疑者を捕捉するために警備員が配置されるようになったが,階級とジェンダーの意識が根強く,穏便な対応をせざるを得なかった.日本でも20世紀前半に万引きが女性犯罪と見做され,その要因は店舗にあると指摘された.戦後は万引きが少年犯罪と見做されるようになり,保安警備業務成立後も就業や就学に支障がないように店舗内処遇が一般化した.しかし,万引きが高齢者犯罪となったことで,従来の対策を転換する必要に迫られた.報告書は高齢者の万引きに特化した稀少な研究成果であり,認知症の影響や店舗要因説をエビデンスに基づいて検証したこと等に大きな意義がある.一方で,警備員が高齢者を選んで捕捉する可能性を検証すること,被疑者像を高齢者に固定化しかねないことが課題である.
Abelson, E., 1990, When ladies go a-thieving: Middle-Class Shoplifters in the Victorian Department Store, Oxford University Press(=1992,椎名美智・吉田俊実訳
『淑女が盗みにはしるとき―ヴィクトリア朝期アメ リカのデパートと中流階級の万引き犯』国文社.)
Shteir,R.2011, THE STEAL: A Cultural History of Shoplifting, The Penguin Press(=2012,黒川由美訳『万引きの文化史』太田出版.)