ヴィレム・フルッサー著,村上淳一訳『テクノコードの誕生-コミュニケーション学序説』(1996=1997→2023)

 

テクノ画像が氾濫する現代、コミュニケーションのコードを人間へと取り戻すにはどうすれば良いか。メディア論の巨人による思考体系。 解説 石田英敬

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コミュニケーションのコードを人間の側へと取り戻すにはどうすれば良いか――。線形的コードである文字のテクストは歴史/物語を可能にしたが、それはやがて臨界点に達し、新たな記号のコードである「テクノコード」によって、人間の概念を経由せずに平面上に結像する写真・映画・テレビといった「テクノ画像」が生みだされた。メディアがそれを放散し全体主義大衆社会を構築して人間の生が無意味化しようとする現代、この文明の危機を脱するには、テクノコードを解読する新たな能力=テクノイマジネーションが必要となる。メディア論の巨人が体系的に提示した必読書。

 

序 コミュニケーションとは何か? 

Ⅰ さまざまの構造
1 いくつかのコミュニケーション構造 
劇場型言説/ピラミッド型言説/樹木型言説/円形劇場型言説/サークル型対話/ネット型対話 
2 これらの構造の機能 
劇場とサークル /ピラミッドと樹木/円形劇場とネット 
3 三つの典型的な状況 
印刷本/手書き本/テクノ画像 

Ⅱ さまざまのコード
1 コードとは何か? 
2 三つの典型的なコードの成立 
3 これらのコードはどう機能するか? 
画像/テクスト/テクノ画像/装置+オペレーター 
4 三つのコードの同期化 
画像- テクスト/画像- テクノ映像/テクスト- テクノ画像 

Ⅲ テクノイマジネーションの世界へ
1 テクノ画像とは何か? 
2 いくつかのテクノ画像の解読 
写真/映画/ビデオ/テレビ/映画館 
3 テクノイマジネーション 
視点/時間体験/空間体験 
4 現在の状況 

訳者あとがき 
文庫版解説 メディアノ世紀を生きた哲学者 石田英敬