吉武由彩「献血を重ねることと互酬性の予期 ―聞き取り調査の結果から見る献血行為の一断面―」『社会学評論』2020年, 71巻, 3号, p.429-446

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近年献血者数の減少が問題となっているものの,社会学における献血の研究は少ない.献血をめぐっては,「将来自身や家族も血液製剤を使用するかもしれないから」という献血動機が語られる場合がある.これは互酬性を予期する語りである.他方で,この語りの背景には採血事業者などへの信頼があると考えられる.本稿ではこうした信頼について確認したうえで,献血者がどのように互酬性を予期するのか,その内容を検討した.

調査の結果,献血者は採血事業者,血液事業,血液の特殊性,他者の行為への信頼を持つことがわかった.互酬性の予期については,事故や怪我,病気や手術,漠然としたものとして,自身や家族が血液製剤を使用する場合があると語られた.献血したことによる血液製剤の優先還元を期待する場合や,血液以外の「贈与」を受けるという語りも見られた.この中でも,事故や怪我という語りは頻繁に聞かれたものの,実際はそのような場合にはあまり血液製剤は使用されない.現在「健康」な青壮年の献血者にとって,病気の場合はリアリティがなく,事故や怪我の方がリアリティがあることがうかがえた.他方で,血液製剤の使い道について充分に知らないまま,献血をくり返す場合があることがわかった.その背景には,採血事業者や血液の特殊性への強い信頼が確認された.献血者を増やすには,互酬性の予期だけではなく,特に採血事業者への信頼を高めていくことが重要だということを指摘した.