野村 佳絵子, 黒田浩一郎「戦後日本の健康至上主義 健康に関する書籍ベストセラーの分析を通して」『社会学評論』2005年, 55巻, 4号, p.449-467

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日本では, 1970年代の半ば頃から, 人びとの健康への関心が高まり, それまでよりも多くの人びとが健康を維持・増進するための行動を心がけるようになったといわれている.周知のとおり, これらの現象は「健康ブーム」と呼ばれている.医療社会学では, このような「ブーム」の背景に, 「健康至上主義」の高まりを想定している.しかし, 「健康ブーム」も「健康至上主義」の高まりも, それらの存在を裏付ける証拠はいまのところ存在しない.そこで, 本論では, 書籍ベストセラーが人びとの意識や関心を反映しているとの仮定のもとに, 健康に関するベストセラーの戦後の変遷を分析することを通して, 人びとの健康についての意識の程度やあり方の変化を探った.その結果, 健康に関する本のベストセラーは1970年代の半ばに初めて登場したわけではなく, 1950年代後半から今日まで, そう変わらない頻度で現れていることが見出された.また, 「健康ブーム」といわれる時期の初期およびその直前には, 医学をわかりやすく解説する啓蒙書がベストセラーになっていることが発見された.したがって, 1950年代後半から今日まで, 人びとの健康への関心の程度にはそれほど変化がないということになる.また, 「健康ブーム」とされる時期に特徴的なことは, 健康への関心の高さではなく, むしろ, 健康に良いと信じられていることに対する批判的な意識の高まりではないかと推測される.