田野大輔著『愛と欲望のナチズム』(2012)

愛と欲望のナチズム (講談社選書メチエ)

愛と欲望のナチズム (講談社選書メチエ)

産めよ殖やせよ。強きゲルマン人の子を大量に得るために性の解放を謳うナチズム。従来の定説を覆し、欲望の禁止ではなく、解放により大衆を支配しようとしたナチズムの「性の政治」の実態に、豊富な原資料から光を当てる。

第1章 市民道徳への反発
第2章 健全な性生活
 性的啓蒙の展開
 性生活の効用
第3章 男たちの慎み
 男性国家の悪疫
 結婚を超えて
第4章 美しく純粋な裸体
 裸体への意志
 ヌードの氾濫
 女性の魅力
第5章 欲望の動員
 新しい社交
 悪徳の奨励
 道徳の解体

6 モッセ『ナショナリズムセクシュアリティ―市民道徳とナチズム』

阿部謹也著『刑吏の社会史ー中世ヨーロッパの庶民生活』(1978)

刑吏の社会史―中世ヨーロッパの庶民生活 (中公新書 (518))

刑吏の社会史―中世ヨーロッパの庶民生活 (中公新書 (518))

かつて神聖な儀式であった「処刑」は、十二、三世紀を境にして、“名誉をもたない”賤民の仕事に変っていく。職業としての刑吏が出現し、彼らは民衆から蔑視され、日常生活においても厳しい差別を受けることになる。その賤視・差別の根源はなにか。都市の成立とツンフトの結成、それにともなう新しい人間関係の展開の中で、刑罰の変化を追究し、もう一つの中世世界像構築を目指して、庶民生活と意識に肉迫する意欲的試みである。

第一章 中世社会の光と影
第二章 刑罰なき時代
第三章 都市の成立
第四章 中・近世都市の処刑と刑吏

ピーター・ブラウン著『貧者を愛する者―古代末期におけるキリスト教的慈善の誕生』(2002=2012)

貧者を愛する者―古代末期におけるキリスト教的慈善の誕生

貧者を愛する者―古代末期におけるキリスト教的慈善の誕生

今日もキリスト教社会で高く評価される美徳の一つ「貧者への愛」。それは紀元4‐5世紀に誕生し、キリスト教会を中心とする新しい社会システムを創成する新機軸となった。ローマ帝国キリスト教受容という出来事を、古代末期研究の泰斗、ピーター・ブラウンが独自の視点で読み解く。メナヘム・スターン記念エルサレム歴史講演の記録。

第1章 「貧者を愛する者」―一つの公的な徳目の創造
 「都市を愛する者」から「貧者を愛する者」へ
 「受けるよりも与えるほうが幸いだ」―パウロからコンスタンティヌスまで
 コンスタンティヌス以後―特権と救貧
第2章 「貧者を治める者」―司教とその都市
 預言するより施与せよ
 「貧者」の定義をめぐる問題
 二極分化のイメージ ほか
第3章 「謙譲」―東方帝国における貧困と連帯
 キリスト教的慈善の変化―社会的想像力における変化
 古代末期における人口学的危機の欠如

5, 204, 7 ヴェーヌ『パンと競技場』ガーンジィ『古代ギリシア・ローマの飢饉と食料供給』キリスト教以前の公的付与について.

古代ギリシア・ローマの飢饉と食糧供給

古代ギリシア・ローマの飢饉と食糧供給

9「皇帝の施与物をかたじけなくした人の多くは、しばしばまぎれもない「貧者」でした」「しかし彼らは、「貧者」だったがゆえにこのパンを受け取ったのではありません。彼らがそれを受け取ったのは、自分が「市民」であることを証明できる(現代のパスポートのような)しるし、すなわち配給切符(テッセラ)を、提示できたからです」
14「司教たち、及び―平信徒であれ聖職者であれ―彼らの補助者たちは、徴候以上の存在なのです。彼ら自身が、変化の主導者でした。直截な言い方をするんあら、キリスト教の司教こそが、或る意味で貧者を発明したのです。貧者が脚光を浴びるようにし、しかもその程度を強めることによって、司教たちは自らの行動を、人々の或るカテゴリー全体(すなわち貧者)の必要に対する応答として提示し、自分たちは彼らのために語っているのだと主張しました」
29「全体として見た場合、後期ローマ時代を前代未聞の大量的貧困化を特徴とする時代だというのは誇張でしょう。キリスト教の教会が、後期帝国において貧者の面倒を見ることによって「衰退する世界の死の床にあって慰藉的な存在」として振る舞った、という言い方をするH・ボルケステインに、私は同意しかねます。古代末期について興味深いのはむしろ、以前からつねに在ったのと同じ貧困を私たちは目にしているのだということであり、しかし私たちはその貧困を、今やキリスト教徒のより鋭い目で見ているのです」
33「古代イスラエルにおける「貧者」は、古代末期を通じてキリスト教徒たちの想像力について回ることになる悲惨のイメージを体現するような、全くの無一文だったわけではありません。イスラエルにおける連帯の使者が言う「貧者」とは、己を恃(たの)みとする部族民、小農、さらには貧困化した貴族たち、つまり喜捨をでなく正義と暴力の停止とを求めて、神に、また有力者たちに叫んだ人たちのことだったのです」
44「つまり理想的には、貧者への施与物はすべて、司教及びその聖職者団を経由していくこととされたのです。というのも、彼らだけが、誰が支援を必要としているかを知っていたからです」
58「コンスタンティヌスは、教会のリストに登録された寡婦・孤児・貧者の支援のために、食料及び衣服の徴収分を聖職者たちに割り当てることをしました」「これら登録された人々は」「初めて」「厳密にキリスト教的な言い方で「貧者」として定義されました」
109「「貧者への配慮」に関するキリスト教の実践と説教は、自由人によって生み出され、自由人のためにのみ行われたのです。キリスト教的慈善は、無一文状態にある自由人を慰めるため、そして自由人を貧困化から守るために行動しました。奴隷は、この慰藉・保護の過程にいかなるかかわりをも持っていませんでした。なぜならこの過程は、排他的に一人の保護者によって「所有される」ことのない、自由人の運命にかかわるものだったからです」
254, 278, 4 ブラウン『古代末期の世界』「率直に言って、同書は翻訳というにはあまりに意訳・自由訳にすぎ、原著者のいわんとしたことを同書から"正確に"読み取ることは、残念ながら期待できないと言わざるをえない」
古代末期の世界―ローマ帝国はなぜキリスト教化したか? (刀水歴史全書)

古代末期の世界―ローマ帝国はなぜキリスト教化したか? (刀水歴史全書)

254, 279, 7 ブラウン『アウグスティヌス伝』
アウグスティヌス伝〈上〉

アウグスティヌス伝〈上〉

270 ブラウン『古代末期』150-750年を古代末期と一括
275 ヴェーヌ『「私たちの世界」がキリスト教になった時』「キリスト教を自分たちヨーロッパ人の過去だと称しつつ、それを根でないと言い張るヴェーヌの議論は、歴史的にも論理的にも完全に破綻していると言わざるをえない」

宮坂和男「日本の歴史哲学の現況」『人間環境学研究』6, 169-185, 2008-02-28

リンク
クローチェ『歴史の理論と歴史』

歴史の理論と歴史 (岩波文庫 青 418-1)

歴史の理論と歴史 (岩波文庫 青 418-1)

野家『物語の哲学』
物語の哲学 (岩波現代文庫)

物語の哲学 (岩波現代文庫)

高橋『記憶のエチカ』野家「歴史の物語り論」への批判として.
記憶のエチカ―戦争・哲学・アウシュヴィッツ

記憶のエチカ―戦争・哲学・アウシュヴィッツ

上村『歴史的理性批判のために』同じく野家への批判.
歴史的理性の批判のために

歴史的理性の批判のために

アーサー・C・ダント著『物語としての歴史』(1966=1989)

物語としての歴史―歴史の分析哲学

物語としての歴史―歴史の分析哲学

本書は歴史の物語的解釈を促した分析的歴史哲学の書であり、歴史の物語派と呼ぶべきものの出発点となった著作である。物語の概念を中心に歴史を解釈する探求の系列の中では、ヘイドン・ホワイトの『メタヒストリー』と並ぶ必須の典拠となっている。

序文
第一章 実在論的歴史哲学と分析的歴史哲学
第二章 歴史の最小特性
第三章 歴史的知識の可能性に対する三つの反論
第四章 検証と時制
第五章 時間的懐疑主義
第六章 歴史的相対主義
第七章 歴史と時代編年史
第八章 物語文
第九章 未来と過去
第十章 歴史的説明と一般法則
第十一章 物語の役割
第十二章 歴史的理解と他の時代
第十三章 方法論的個体主義
原注

383「一般的に言えば、物語文は時間的に隔てられ、はっきり区別される二つの出来事(この場合は開始と終り)を関係づけるが、そのうちの最初の出来事のみを記述するような文である。ここでは過去は遡及的に再編成されるのであり、半ば自明のことだが、歴史学が出来事を物語るのは、過去の再現としてではなく、むしろ過去を時間の構造において有機的に組織するのである。この組織化をさまざまな側面から解明してゆくことが本書のモチーフである」
第5章途中まで。