ジル・ドゥルーズ著『記号と事件 ―1972‐1990年の対話』(1990=1992)

記号と事件―1972‐1990年の対話

記号と事件―1972‐1990年の対話

『アンチ・オイディプス』、『千のプラトー』、そして『シネマ』の核心、ミシェル・フーコーの思想、哲学とは何か、そして来るべき政治などについて、明快かつ縦横に語るドゥルーズ自身によるドゥルーズ入門。「規律社会」から「管理社会」への転換を予言したネグリによるインタビューはじめ、いずれも重要な対話群の集成。

≪目次: ≫ 『Pourparlers 記号と事件 1972-1990年の対話』

Ⅰ 『アンチ・オイディプス』から『千のプラトー』へ
口さがない批評家への手紙  ミシェル・クレソール著『ドゥルーズ』(1973年)の所収
フェリックス・ガタリとともに『アンチ・オイディプス』を語る  「アルク」第49号、1972年 聞き手――カトリーヌ・バケス=クレマン
千のプラトー』を語る  「リベラシオン」1980年10月23日 聞き手――クリスチャン・デカン、ディディエ・エリボン、ロベール・マジオリ

Ⅱ 映画
『6×2』をめぐる三つの問い(ゴダール)  「カイエ・デュ・シネマ」第271号、1976年11月
『運動イメージ』について  「カイエ・デュ・シネマ」第352号、1983年10月 聞き手――パスカル・ボニツェール、ジャン・ナルボニ 9月13日の対談に発言者が加筆
『時間イメージ』について  「シネマ」第334号、1985年12月18日 聞き手――ジルベール・カバソ、ファブリス・ルヴォ=ダロンヌ
想像界への疑義  「オフ・シーン」第4号、1986年
セルジュ・ダネへの手紙――オプティミズム、ペシミズム、そして旅  セルジュ・ダネ著『映画=日記』の序文、カイエ・デュ・シネマ

Ⅲ ミシェル・フーコー
物を切り裂き、言葉を切り裂く  「リベラシオン」1986年9月2日〜3日 聞き手――ロベール・マジオリ
芸術作品としての生  「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」1986年8月23日 聞き手――ディディエ・エリボン
フーコーの肖像  聞き手――クレール・パルネ、1986年

Ⅳ 哲学
仲介者  「オートル・ジュルナル」第8号、1985年10月 聞き手――アントワーヌ・デュロール、クレール・パルネ
哲学について  「マガジン・リテレール」第257号、1988年9月 聞き手――レーモン・ベルール、フランソワ・エヴァルド
ライプニッツについて  「リベラシオン」1988年9月22日 聞き手――ロベール・マジオリ
レダ・ベンスマイアへの手紙(スピノザについて)  「未来」第53号、1989年

Ⅴ 政治
管理と生成変化  「前未来」創刊号、1990年春 聞き手――トニ・ネグリ
追伸――管理社会について  「オートル・ジュルナル」創刊号、1990年5月

84 ドライヤー『ゲルトルード』
90 ロッセリーニ『ヨーロッパ1951年』
93 マイケル・スノウ