今井貴子「成熟社会への掣肘 ―イギリスのEU離脱をめぐる政治社会」『年報政治学』2019年, 70巻, 2号, p. 2_58-2_83

本文

欧州連合 (EU) からの離脱を決した2016年国民投票後、イギリスは妥協を排除するような 「情動的分極化」 に陥っているといわれている。それは階級的亀裂や排外主義は後景に退くとさえ論じられた 「成熟社会」 への劇的な掣肘であったといえよう。本稿は、イギリスがどのようにしてこの危機的状況に直面するにいたったのかを、二大政党と有権者との関係の変遷から考察する。まず離脱支持派とは、既存の政党政治から 「疎隔された人々」 の連合であることを示す。異なる階級を横断する有権者連合が、社会の一極となるまで膨れ上がったのには、閉鎖志向の権威主義と都市中心主義のエリート政治家への鋭い反発が触媒として働いたことがある。その上で本稿が着目するのは、「疎隔された人々」 を構成する相当数の労働者階級が、現代化した労働党に幻滅し選挙のたびに棄権を続けていたことである。彼らの消極的投票行動が離脱支持という積極的な態度表明へと転じたのはなぜか。本稿は労働党政権の再分配策によるフィードバック効果と、それに対するキャメロン政権下で実施された緊縮財政とその影響が現れたタイミングを検討し、経済的困窮に起因する疎隔意識が強まったことが人々を離脱支持へと向かわせた可能性を考察した。