- 作者: 土場学
- 出版社/メーカー: 青弓社
- 発売日: 1999/10
- メディア: 単行本
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現代人の心を侵すコミュニケーション不信/渇望症の原因を、自我の深部に存在するジェンダーに求め、ハーバーマスとフェミニズムを融合させることでその枠組みを根底から解体しようと試みる。隣人を理解するための実践的社会理論。
はじめに
プロローグ
第1章 現代システム社会のコミュニケーション
1 コミュニケーションと近代社会
2 コミュニケーションの社会構築力
3 コミュニケーションと欲望
第2章 ジェンダー・フリーのポリティクス
1 ジェンダーの周囲
2 ジェンダー・アイデンティティ
3 ジェンダー・フリーの公理
第3章 主体の発生論
1 フロイトの主体発生論
2 ウィニコットの「心理的実体としての母親──乳児」
3 ベンジャミンの「主体としての母親」
4 チョドローと「母親の欲望」
第4章 主体化の力学
1 主体化の力場
2 主体化の力場としてのコミュニケーション
3 近代のファルス
第5章 セクシュアリティの解放
1 解放の思想としての近代
2 セクシュアリティ解放のプロジェクト
3 フーコーの〈ビオ・ポリティック〉
4 ギデンズの〈ライフ・ポリティクス〉
5 「セクシュアリティ」を超えて
第6章 フェミニズムと女性解放
1 女性解放のプロジェクト
2 女性解放のパラダイム
3 女性解放のダイナミズム
4 新たなプロジェクトの創出に向けて
第7章 フェミニズムとポストモダニズム
1 ポストモダン・フェミニズムの近代批判
2 ポストモダン・フェミニズム論争
3 合理主義と相対主義
4 近代の内と外の狭間で
第8章 ポスト・ジェンダー社会のコミュニケーション
1 自由
2 相互理解
3 愛というコミュニケーション──愛の社会理論構築へ向けて
エピローグ
おわりに
参考文献
p.75「ところで、こうしたフロイトの自我発達論における社会関係の不在という論点は、フロイト以降、メラニー・クラインを嚆矢とし、ロナルド・フェアーベン、ハリー・ガントリップ、ドナルド・W・ウィニコットらにより継承・発展されたイギリス
の対象関係理論(object relation theory)の主要な関心事となった。対象関係理論は、フロイト以降、アンナ・フロイトらによって展開された主流派の自我心理学に対し、自我発達における対象関係(社会学用語では社会関係)の重要性を強調した」
p.88「しかしながらベンジャミン(ジェシカ・ベンジャミン 引用者付記)は、自己と他者のあいだの相互承認にはある根本的なパラドックスが含意されていることを指摘する」自己の主体性を確立するには、他者が自己を主体として承認しなければならないが、他者がそのような存在であるためには他者は主体であらねばならず、他者が主体であるためには、自己が他者を主体として承認しなければならない「承認のパラドックス」。「ベンジャミンはこうした事態を「根源的緊張」と呼んでいる」
p.145「しかしながら、フロイトの構想がセクシャリティ解放のプロジェクトとして真に本領を発揮するのは、フロイトの初期のリビドー理論をラディカルに展開したヴィルヘルム・ライヒ、ハーバート・マルクーゼらフロイト左派の理論においてである。彼らは、フロイトの致命的誤りは歴史的に特異な性制度を文明にとって必然的な制度と見なしてしまったことにある、と主張する。その歴史的に特異な性制度とは、近代西欧主義の家父長的家族制度であり、またそれを支えている権威主義的政治システムと資本主義経済システムである」
p.209(ポストモダンな社会理論について)「しかしここで膝を突き付けて問いただしたいのは、フーコーはそれでいいのかもしれないが、フェミニストはそれでいいのか、ということである。これまでフェミニズムが長い歴史と実践の積み重ねのなかで獲得してきたジェンダーをめぐる多くの正﹅し﹅い﹅知識を、近代社会システムのなかに「無根拠」というかたちで投棄してかまわないのだろうか」
p.242「しかし、『パラノイア性精神病』を読んだとき、なにゆえこのような鋭利な考察のできる人が『エクリ』のようになってしまったのかきわめて素朴に衝撃を覚えたのである」