高橋澪子著『心の科学史―西洋心理学の背景と実験心理学の誕生』(1999→2016)

人間は「心」をどのようなものと考え、その作用・構造をどう捉えようとしてきたのか。近代心理学の起源は、1879年ヴィルヘルム・ヴントによる心理学実験室の開設(ライプチヒ大学)の時点とされる。それは「心を対象とする科学」の宣言であった。その後19世紀末から20世紀を通して、心理学はその方法論や認識論に関するさまざまな「革命」を生み出しながら領域を拡大していくことになる。では、19世紀後半の「始まり」を用意した思想的背景は何だったのか。また古代以来の西洋哲学史のなかで「心の問題」はどのように扱われてきたのか。本書では、古代ギリシャのプシュケー・プネウマ論から中世霊魂論への変遷を概観し、近代の進化論、生理学研究の進展によって「心理学」が自然科学の一分野として自覚するようになるまでの思想的過程を眺望する。

序説 近代心理学概観
第1章 ヨーロッパ心理学の起源
 (1) ミレトス学派からプラトンまで
 (2) アリストテレスの心理学
第2章プシュケーとプネウマ
 (1) ヒッポクラテスからカレノスまで
 (2) 古代末期の霊魂観:神秘思想の系譜
 (3) 中世の霊物学と心理学
第3章 実験心理学の成立
 (1) ヘルムホルツと若き日のヴント
 (2) 生理学から心理学へ:実験心理学の誕生
 (3) ドイツ実験心理学会の形成
 (4) 心理学と認識論:初期実験心理学の周辺
第4章 民族心理学の行方
 (1) 実験心理学と民族心理学
 (2) 民族心理学の歴史的背景
 (3) ヴントにおける<行動>概念
 (4) 民族心理学の位置づけをめぐる試論
 (5) ヴントにおける<心>と<精神>
補論――残された問題

294「プシュケーとソーマが不可分の統一体をなす、というアリストテレス独自の考え」
98 デカルトの心身分離はの道程は「死せる自然(肉体)とこれに生命を分け与える超越的"聖"物質(霊的物質)の分離、すなわちプラトン主義の深いかかわりを持ち」
99 紀元前3世紀ごろまで、ヘレニズム期のギリシャ学問はアレクサンドリアへ伝達「アテナイ没落後のペリパトス学派アリストテレス学派)の伝統も、アテネ郊外のリュケイオンから、ここアレクサンドリアのムセイオンに受け継がれた」
141「心理学の、とりわけ"生理学からの"独立のために最も精力的に働いたのは、1875年以降のヴントである」
188「ヴントの生理学的心理学では、〈刺激〉と対をなすものは常に〈感覚〉や〈感情〉のような”意識に生じている”ことがらであり、脳で興る反応であれ皮膚や消化腺に引き起こされる反応であれ一切の身体的反応とは異なる種類の”内的”世界の現象、すなわち被験者でもある観察者自身の”生(なま)の経験”のみが生理学的心理学固有の研究対象であったということになる」188「そこでは、刺激によってどのような身体的反応が起こるかではなく、刺激によってどのような意識状態が引き出されているか、すなわち刺激によって引き起こされた意識の内容そのものが、もっぱらの問題(関心事)である」
373「彼のうちに人種的偏見(差別の思想)や"支配の思想"はまったく見られないと言ってよい」「(ヴント没後の)ライプチヒ学派のナチ協力の話やゲシュタルト心理学者たちのアメリカ移住」
259「ゲシュタルト心理学者たちの多くはナチに追われ、またはこれに 抗議して、1920年代から30年代初頭のアメリカに移住した」
205「一方、ヴントは機械的連合主義に反対し、〈心〉すなわち意識過程を能動的な意志過程としてとらえていた」「彼が、それ事態"不明瞭から明瞭へ"、また"単純から複雑へ"と自発的に成長することができる〈心〉の本質的な働きを、(機械的な表象や受動的な感情ではなく)統一性と能動性を備えた〈意志作用〉にこそあると見ていた点である。つまり、ヴントにおける〈心〉は、最終的には、機械的連合主義から最も遠い"自律的であること"を最大の特色としている。こうした"自律性"を最大の特色とする〈心〉を固有の対象にして」「学問は、本来的に、実証科学ではありえても実験科学とはなりにくい性格を備えていた」
208「行動主義心理学ゲシュタルト心理学が現代的な実験科学でありえたのは、それらが上のような近代的な〈心〉の学から完全に”抜け出して”いたからで」