ロイ・リチャード・グリンカー著,高橋洋訳『誰も正常ではない-スティグマは作られ、作り変えられる』(2021=2022)

 

正常・異常をめぐるスティグマは、ただ漫然と生じたものではない。科学や医学はつねに権威をもって「異常」とすべきもののカテゴリーを作りだし、それはコミュニティを通して社会的・文化的に学習されてきた。本書はおもに精神疾患発達障害スティグマを中心に、スティグマが構築と再構築を重ねてきた変遷の力学を、18世紀以降、複数の戦時期を経て、高度に経済化した今日の社会に至るまでたどる。
しかし、だからこそスティグマとは本質的に、私たちの手で流れを変えうる「プロセス」であると著者は言う。汚辱や秘匿がいまだに残っている一方で、もはや「誰も正常ではない」と言えるほど、正常者・異常者を語るスティグマはその足場を失い、心身の障害を人間の多様性の一部として受け容れる潮流こそが勢いを集めつつある。
資本主義、戦争、身体‐心という三本の軸に沿って、本書は構成されている。著者は文化人類学者ならではの視点で、近年の「生物医学」化や、PTSD概念の功罪、非西欧的な価値観にも触れながら、歴史を多角的に描き出すことに成功している。
加えて、いずれもアメリカ精神医学界のキーパーソンであった著者の曾祖父、祖父、父、そして自閉症の娘をもつ著者自身という、四世代の個人の視点からミクロに捉えた史実が織り込まれているのも、本書のユニークな趣向だ。

はじめに──ベドラムから戻る道

第I部 資本主義
第1章 「自立」のイデオロギー
第2章 精神病の発明
第3章 分裂した身体──性と分類
第4章 分裂した心

第II部 戦争
第5章 戦争のさまざまな帰結
第6章 祖父がフロイトから得たもの
第7章 戦争はやさし
第8章 ノーマとノーマン
第9章 忘れられた戦争からベトナム戦争
第10章 心的外傷後ストレス障害
第11章 病気の予期

第III部 身体と心
第12章 病気の可視化
第13章 他のどんな病気とも変わらない病気?
第14章 ECTという魔法の杖
第15章 心について話す身体
第16章 ネパールで身体と心の橋渡しをする
第17章 リスクを負うことの尊厳

結論──スペクトラムについて

謝辞
訳者あとがき