坂井愛理「訪問マッサージにおけるままならなさの訴え ー患者によって自己開始される問題の訴えを例に」『現代社会学理論研究』2019年, 13巻, p.111-124

本文

ケアの目的が患者の生を支えることであるならば、老いや麻痺を抱える身体とともにある苦悩や嘆かわしさは、ケアがかかわる重要な領域の一つである。その一方で、こうした身体のままならなさは、専門家の提供する技術を通しては完全に取り除くことができないものとしてある。では、患者は、病める身体のままならなさを、自らをケアする専門家に対してどのように訴えるのだろうか。本稿は、患者が訴えのために用いることが可能な方法を、訪問マッサージの相互行為を例に考察することを目的とする。施術中に患者が身体にかかわる問題を訴えたとき、施術者は、部位の特定、問題の是認と対処を行うことによって、患者の訴えを、施術の対象としてサービスの手順の中に組み込むことができる(問題の施術化)。患者による苦悩や嘆かわしさの訴えは、こうした施術者が進行する問題の施術化から、相互行為の展開を差別化することによって行われる。患者の抱える身体のままならなさが、サービスの対象となり得ないものとして訴えを分節化することによって記述されるのならば、マッサージによって解決可能な問題と、患者の抱える苦悩や嘆かわしさといった問題とは、訪問マッサージの場面において非対称的に存在していることになる。ただしこの非対称性は患者の語りや経験を抑圧するものではない。マッサージサービスの手順的進行性は、患者がままならなさの訴えを組織する際にリソースとして利用可能なものである。