ロナルド・H・コース著, 宮澤健一, 後藤晃, 藤垣芳文訳『企業・市場・法』(1988=1992→2020)

 

企業・市場・法 (ちくま学芸文庫)

企業・市場・法 (ちくま学芸文庫)

 

新制度派経済学を打ち立てたひとりとして、1991年にノーベル経済学賞を受賞したロナルド・H・コース。本書は、その主要業績たる「企業の本質」「社会的費用の問題」など、20世紀経済学を決定づけた数々の名論文を収録した一冊である。「取引費用」などの諸概念を導入することで、経済システムを支える「制度」をも分析の俎上に載せ、「企業」の役割や「法」の機能を経済学としてはじめて明確に位置づける―この革新的業績は、それまでの経済理論を大幅に拡張する礎となり、経済学のありようそのものをも刷新することとなった。経済学にとどまらず、法学など広範な分野に影響を与えつづける現代の古典。

第1章 企業・市場・法
第2章 企業の本質
第3章 産業組織論―研究についての提案
第4章 限界費用論争
第5章 社会的費用の問題
第6章 社会的費用の問題に関するノート
第7章 経済学のなかの灯台

訳者あとがきと略解

ちくま学芸文庫版『企業・市場・法』刊行によせて 後藤晃

 107「スティグラーはその(『産業の組織』(The Organization of Industry))最初の章でこのように述べている。「本書の冒頭にあたってつとめてより率直な形で勧めていきたい。すなわち、産業組織論というような分野は存在しないのである。この題名のもとに教えられているコースは、経済における諸産業(財とサービスの生産者)の構造と行動の理解を目的としている。このコースで取り扱われる問題には、企業の規模構造(一社か、多数の企業か、「集中されているか」いないか)、この規模構造の原因(とりわけなによりも規模の経済)、集中が競争に与える影響、競争が価格、投資、イノベーションに与える影響、等々が含まれる。しかし、これはまさに経済理論ーとりわけ価格ないし資源配分の理論、そうして今日、あまり適切とはいえないがミクロ経済学ともしばしば呼ばれる理論ーの、取り扱う内容にほかならない」。このような経済理論のコースに加えて、なぜさらに産業組織論のコースが存在するのか、その理由としてスティグラーは二つのものをあげている。第一に、理論のコースはその性質上、きわめて形式の整ったものであって、費用曲線、集中、等々の実証的な計測の研究には立ち入らないという点である。第二に、理論のコースは公共政策、とりわけ反トラストと規制の問題に入っていけない。そうして、スティグラーの言い方によれば、「産業組織論のコースはこれら難しい課題を引き受けている」」

 117「私が述べてきたのは、経済学者によって用いられる分析の性質のゆえに、産業組織論のある種の諸問題が取り上げられていない事実が覆い隠されてしまう傾向があることである。しかしこの無視の傾向には、もっと重要な一つの理由があると思われる。すなわち、産業組織論の関心は、独占、独占の規制、および反トラスト政策の研究と結びつく傾向にあったのである。これは最近始まったことではない。19世紀の終わりに、経済学者が産業組織の諸問題に興味をもちはじめた頃、経済学者たちは合衆国におけるトラストと、ドイツにおけるカルテルの問題に直面した。そこで自然のなりゆきとして、合衆国における反トラスト政策の発展とともに、産業組織論における反トラストの側面への関心が、この分野を支配するにいたったのである」