ジャン・ドゥーシェ, ジル・ナドー『パリ、シネマ―リュミエールからヌーヴェルヴァーグにいたる映画と都市のイストワール』(1987=89)

パリ、シネマ―リュミエールからヌーヴェルヴァーグにいたる映画と都市のイストワール

パリ、シネマ―リュミエールからヌーヴェルヴァーグにいたる映画と都市のイストワール

生誕の地、パリ
背景はパリを隠す
背景のパリ
背景画の隣にいるパリの有名人たちの本性
パリ、世界映画の首都
マックス・ランデール、小さなパリジャン
ルイ・フイヤード、パリの視点
アントワーヌ、またはもうひとつの現実主義
貧しく、そして驚くべき10年間
これがパリだ
占領下のパリ
スタジオのパリ
ヌーヴェルヴァーグの到来
パリところどころ〔ほか〕

16 ジョルジュ・メリエス, シャルル・パテ, レオン・ゴーモン
19 妖精たちの王国, ジョルジュ・メリエス
20 ユリシーズの帰還, 現代、路上の争い, フィルム・ダール
22 ギーズ公の暗殺
23 フェルディナン・ゼッカ
24 空の征服, フェルディナン・ゼッカ
26 ストライキ, アル中の犠牲者たち, ゼッカ
28 自転車泥棒. アンドレ・ウゼ
60 ルイ・フイヤード, 芸術至上主義「ファントマ』『吸血団』『ジュデックス』『ティー=ミン』
73 アンドレ・アントワーヌ
78 フランソワ・コッペ『犯罪人』(1917)において彼(アントワーヌ)がパリに担わせた方法は、先達の慣習から離れようとする彼の意志を示してはいる。
79 『ツバメとシジュウカラ』(2艘の船の名)「1920年には自然主義的傾向は流行遅れとされ、遠去けられた」
80 ニューヨークの秘密, ポーリーンの真珠, ルイ・ガスニエ
80 マック・セネット
80「1917年には、フイヤードとプークタルを除き、フランス映画の最良の人々―ルイ・ガスニエ、アルベール・カペラーニ、レオンス・ペレ、エクレール社のショタール、モーリス・トゥールヌール、マックス・ランデールなど―はイタリアかアメリカに去る」
82「パテ、ゴーモン、エクレールというフランスの三大会社がほぼ同時に国内生産を見捨てる」
87 ジャン・ルノワール『水の娘』『女優ナナ
90 ジャック・フェデー『クランクビーユ』
90「1918年から、パリは、政治体制の変化により祖国を追われた政治亡命者を受け入れ始める」「ときには国内生産にも大きな影響力を働かせる外国人たちによるフランス映画も存在している」「当時、それは白ロシア人によるものだった。彼らはボルシェヴィキから逃亡し、その中で帝政時代の映画作家の一群が再構成され、フランスで、精緻ではあるが退廃的であるフォルマリスム的な探求を続けていた」
91「政治亡命者たちが、アルバトロスという大きな製作会社をつくった」トゥールジャンスキー、ヴッルコフ、スタニスラフスキーの弟子でプロタザノフ、モジューヒン「そのすぐあと、ジャン・エプスタイン、マルセル・レルビエ、ルネ・クレール、ジャック・フェデールというフランス映画作家たちにもその門戸を開くことになる」
119 ラザール・メールソン, ルネ・クレールのセット
121 巴里の屋根の下, ル・ミリオン, 巴里祭, ルネ・クレール
131 赤ん坊に下剤を飲ませる, On purge bébé, ジャン・ルノワール
133「この映画的演劇を完全なものとしたのはサッシャ・ギトリとマルセル・パニョールだと言われた」
135「フリッツ・ラングと共に最も有名なドイツ映画作家である(ゲオルク・ヴィルヘルム・)パプスト」
136 ドイツを出た映画作家フリッツ・ラングビリー・ワイルダーロバート・シオドマク、ロベルト・ヴィーネ、パウル・フェヨス、マックス・オフュルス
136 街路にて, ヴィクトル・トリヴァス, 1933
136「フランス映画の美的革命において決定的役割を演じるのは、撮影技師おいげん・シュフタンである」
138 ランジュ氏の犯罪, ジャン・ルノワール
140 北ホテル, おかしなドラマ, マルセル・カルネ, ジャック・プレヴェール
143 夜の門, マルセル・カルネ
143 あなただけ今晩は, ビリー・ワイルダー
144 陽は昇る, マルセル・カルネ
157 ジャック・シクリエ「4年間の占領時代に撮られた220本の映画のうち、ナチのイデオロギーに奉仕したものは一本もなかった」
157 占領期に渡米したジャン・ルノワール、ジャック・フェデー、ルネ・クレールジュリアン・デュヴィヴィエマックス・オフュルス、ピエール・シュナール。俳優では、ジャン・ギャバンミシェル・モルガン、ルイ・ジューヴェ、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ジャン=ピエール・オーモン、フランソワーズ・ロゼー。一方、フランスに残ったアベル・ガンス失楽園』、マルセル・レルビエ『幻想の夜』、マルセル・カルネジャン・グレミヨン、パニョールとギトリ。
158 コンティナンタル。占領下30本の映画を製作。ドイツ人、アルフレート・グレフェン。クリスチャン・ジャック『サンタクロース殺人』『幻想交響楽』、モーリス・トゥールヌール『ボナパルト嬢』『悪の手』、アンリ・ドコワン『最初のランでデヴー』『家の見知らぬ人々』、ジャン・ドレヴィル、ジョルジュ・ラコンブ『六人の最後の者』、レオ・ジョアンノン
160 犯人は21番に住む, 密告, アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
164 犯罪河岸, 情婦マノン, 真実, アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
165 赤い手グーピ, ジャック・ベッケル
167 青いヴェール, ジャン・ステッリ
167 偽れる装い, ジャック・ベッケル
168 七月のランデヴー, エドゥワールとカロリーヌ, 肉体の冠, 怪盗ルパン, ジャック・ベッケル
172 ドゥース, 肉体の悪魔, パリ横断, クロード・オータン=ララ
174「占領時代の四年間は、芸術的に興味深い順に引用すればブレッソン、ベッケル、クルーゾーを生み、他の若い映画作家たち(ダカン、ドラノワ、カイヤット)を世に出し、オータン=ララのような映画作家を定着させ、アルベール・ヴァランタンの『マリー=マルティーヌ』など個性的な映画を生み、俳優の映画と良質の作業(マルク・アレグレ、セルジュ・ドゥ・ポリニー、ジャック・ドゥ・バロンセリ)を確かなものにし、三人のジャン―コクトーは『幽霊男爵』と『悲恋』、ジロドゥ―、アヌイ―に映画への道を開いた。それらのことは、フランス映画がこれに先立つ10年間で取り戻した健全さを証明している」
175「プレヴェール、ジャンソンと並ぶ当時最も重要なシナリオライターシャルル・スパーク
189 トリュフォー「フランス映画のある種の傾向」「フランス映画は紛れも無く進歩したが、それは本質的には脚本家及び脚本その物の革新、即ち文学の名作を映画化する為の大胆な脚色、そして普通難解と見做される主題には極めて敏感に反応し、寛大な観客がそれを受け入れてくれる事への絶対の信頼、に基づくものではあるまいか。それ故に、ここで問題になるのは脚本であり脚本家なのである。「良質の伝統」に育まれた「心理的リアリズム」の源泉となった脚本家達、オーランシュ=ポスト即ちジャン・オーランシュとピエール・ポストのコンビ、ジャック・シギュール、アンリ・ジャンソン(但し、新しい方法の)、ロベール・シピオン、ロラン・ローデンバック、等々といったライター達が問題なのである。名作文学にかこつけて、そして勿論「良質」の名の下に、大衆に提供され、受け入れられている我がフランス映画の主流の実体は、相も変らぬ暗いペシミズムのムードと社会の掟に立ち向かって挫折する、純粋な人間達の疎外と孤独を描き、大胆に見えて安易なマンネリズムが適量に調合された伝統的な映画なのである」
191 リラの門, ルネ・クレール
193 フレンチ・カンカン, ジャン・ルノワール
195 快楽, 歴史は女でつくられる, マックス・オフュルス
196 ドキュメンタリー映画, 6月6日の夜明け, ジャン・グレミヨン。タンペステール, ジャン・エプスタイン。ファールビック, ジョルジュ・ルーキエ。セーヌの詩, ヨリス・イヴァンス。


237「まず映画作家としてのアンドレ・アントワーヌの評価である。演劇史の分野でフランス現代演劇とはアンドレ・アントワーヌとエミール・ゾラ自然主義自由劇場によって始まることは常識に属している、舞台の上の想像力を排し、舞台を現実にしようとすたのがアントワーヌの演劇史上の大きな作業だったのだが、すでに今世紀初頭から、同じような作業を映画でも行っていたことは、ほとんど知られていない」