J・M・クッツェー『鉄の時代』(1990=5008)

鉄の時代 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-11)

鉄の時代 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-11)

アパルトヘイト闘争の激化するケープタウン。黒人への暴力と差別を目の当たりにし、やがて一人のホームレスの男に看取られることになる女主人公が、娘への手紙として残した苦悩に満ちた手記。ノーベル賞作家の傑作を初紹介。

46「この国はくすぶっている、でも、どれほど精いっぱいやっても、わたしが心をそそげるのはその半分に対してだけ。もっぱら内面のことや、ことばに対して、この身体のなかにじわじわと侵入してくるものをあらわすことばに対してだ」
59 鉄の時代:ヘシオドス『仕事と日々』に初出する時代区分
59「鉄の子どもたちが。フローレンス自身も、鉄と似ていなくもない。鉄の時代。そのあとから、青銅の時代がやってくる。どれほどの時間が、周期的に柔和な時代がもどってくるまでに、いったいどれほどの時間がかかるのだろうー粘土の時代が、土の時代がもどってくるまでに。国家のため、民族のため、戦士となる子を産む、鉄の心をもったスパルタ式の家政婦長」
123「わたしがあなたにこの物語を語るのは、わたしに共感してもらうためではなくて、事態がどうなっているかを学んでもらうためだから。もしも物語がほかの人からのものであり、見知らぬ人の声があなたの耳に響くなら、もっと気楽なものになるでしょうね。でも、現実には、ほかの人なんていない。このわたしがただひとり。書いているのはこのわたし―わたし、わたしなの。だからあなたにお願いする―書いたものに注意を向けて、わたしにではなく。もしもことばのなかに嘘、嘆願、弁解が織り込まれていたら、どうかそれに耳を澄まして。読み飛ばしたりしないで、安易に許したりしないで。この懇願にしても、厳しい目で、すべてを読んで」