大震災と追悼の哲学

 「奇跡の一本松」再生計画への違和感からはじめよう。岩手県陸前高田市にて津波災害を防ぐための防潮林として長年の歴史をもつ高田松原は、2011年3月11日の東日本大震災で、10メートルを超える大津波に呑み込まれ、ほとんど全ての松がなぎ倒され壊滅した。その際、1本の松だけが倒されることなく残り、震災直後からこの松は、「奇跡の一本松」と呼ばれ、復興のシンボルとして捉えられた。だが、周囲は地盤沈下し、その上に土壌は塩分過多で一本松が生育可能な環境はすでに失われていた。自治会、自治体、中央省庁は、活性剤を撒いたり、こも巻きで覆うなどの処置を施したが、根がほとんど腐っていることが発覚するなど、一本松の保護は困難を極めた。

 そこで、再生のために大掛かりな手術が行われることになった。一旦、松を根元から切り倒し、幹を輪切りにした後、防腐処理を行い心棒を通して元の場所に立て直すというのだ。1億5千万円もの費用が掛かる同計画に対しては、「被災者支援を優先すべきだ」「サイボーグ化してまで残すことに価値はあるのか?」との批判から、「後世に伝えるためのモニュメントは必要」と肯定的意見まで賛否両論の反応があった。インターネット上には、すでに死んだ一本松を改造手術までして延命させようとする狂気を、ドラッグで死んだ父親の「剥製」を作って話しかける少女を描いた映画『ローズ・イン・タイドランド』に結びつけたエントリーもある*1

 だが、私の違和感は、中身が人工物に置き換えられ外観だけがオリジナルとしての体裁をなんとか保っている一本松を、震災を祈念するモニュメントとしてしまう滑稽さに起因するものではない。タッチパネルで哀悼の意を表明できる南京大虐殺紀念館は言うまでもなく、ダッハウ強制収容所追悼祈念資料館、広島平和記念資料館にしたって、歴史的悲劇や災厄を時間、空間の枠組みのなかにすっぽりと収め、博物学的知識としてパノラマ化し、ナラティブに象徴化する「歴史的還元」の作法にいかがわしさやアイロニーが伴うのは当然だろう。死者を悼むという行為には、少なからずそうした無理が生じるものかもしれない。そのため、私は(「いかにあるべきか」という議論の余地は認めるが)震災を祈念するモニュメントが不要であるとは必ずしも思わないし、復元作業に使う予算があるならば、それを被災地域への実質的支援に回すべきとの意見にただちに賛同することはできない。

 ついでに言ってしまえば、私の違和感は、「悲劇の共有」に国家や行政が介入することに対する、ポストコロニアリズムサバルタンスタディーズら左派的立場からの批判でもありえない。記念碑の建立はたしかに、国家による過去の歴史の表象行為であり、戦争や災害による死者の意志や声をナショナルヒストリーの1ページに書き加える行為である。ニーチェは「生に対する歴史の利害」について考察するなかで、3つの歴史的態度、歴史表象のあり方について述べた。1.「記念碑的歴史」という典型としての過去の事例への模倣とその再現をうながすような歴史的態度、2.「骨董的歴史」という過去への尚古的崇敬感をもった歴史的態度、3.「批判的歴史」という「過去を法廷に引き出して手厳しく審問し最後に有罪を宣告する」ような歴史的態度である。なかでも第一の記念碑的歴史についての記述を引いておこう。

 「しからば過去の記念碑的考察、以前の時代の古典的なものと稀有なものに携わることが何によって現代人に役立つのか?現代人はそのことから、かつて現存した偉大なものがとにかく一度は可能であったのであり、それゆえまたおそらくもう一度可能であろうということを推察する。(中略)模倣することができて二度と再び可能なものとして記述されなくてはならない限り、過去はいくらかずらされ、より美しいものに解釈しなおされ、こうして自由な創作に近づく危険を免れがたいであろう。じっさい、記念碑的過去と神話的虚構とを全然区別することのできない時代がある」*2

 ニーチェによれば、歴史の記念碑的考察とは、モニュメンタルな事例によって過去を美化しながら、それが模倣的にもう一度可能なものとして過去を歴史的に表象することだという。もちろん、戦争を「二度と再び繰り返さないこと」、自然災害の「悲劇を忘却しないこと」を祈念する場合、戦争を「行ったこと」、災害を「被ったこと」それ自体は、模倣も再現も望まれるはずがない。だが、記念碑が象徴する「繰り返さない」「忘れない」とのメッセージは、過去の悲劇を受け止めながらも、これを否定的に反転したうえで継承するとの意志を表明するものである。その意味では、記念碑の建立が、近代国民国家の成立とともに、死者の犠牲的行為の顕彰とその行為の国民における絶えざる再現の期待によってなされるという子安宣邦ニーチェ読解は的を射ている*3。過去の「再歴史化」が、「同意可能な過去」の再形成の欲望を織り込みつつなされるならば、ドミニカ・ラカプラが、ドイツの歴史修正主義の背後に「過去の書き換え」を欲するネオナショナリストの再起の徴候を見たのは間違っていない*4

 しかし、そうであるからといって、「アウシュビッツの死者たちが、どこにも、どのようにも死の意味を見出すことはできない。それこそ『表象の限界』ということの本質的な意味である」との子安の議論もどうだろうか。国家や民族による大文字の歴史によって代理表象され、行為主体性を奪われたサバルタンの声を聞くという意味と文字との終わりなき闘争が、〈政治的なもの〉の領域を肥大化させ、あらゆる行為が不可視な権力の構造を再生産するとして、リチャード・ローティによって「文化左翼」と批判された経緯を私たちはよく知っている*5

 前置きが長くなってしまったが、私の違和感は、奇跡の一本松なるサイボーグ的モニュメントの建立そのものの是非でもなければ、記念碑の建立に伴う歴史的表象の問題でもないということだ。いま問われるべきは、いささか戯画的な一本松再生計画が象徴する、あまりに表面的で表面的、儀礼的に乾いてしまった死者への追悼と、震災からの復興や原発の是非に関する合理的な政策論、両者の隙間に広がる無数の他者の死に真摯に向き合い、祈りの言葉を紡ぎだすことである。

 「言葉が出てこない。問いが定められない。何を考えても嘘になる。そういう状態が9ヶ月間続いた」。『群像』2012年5月号に掲載された大澤信亮の評論「出日本記」はこの文章からはじまる*6。震災に伴う大澤の長期の「失語状態」は何によってもたらされたのか。これを問うことからはじめたい。いや、ここからはじめるしかないのだ。地震津波による死傷者数や原発による有形無形の害悪、あるいは原発を推進してきた戦後日本の文化論。あの日以降、さまざまな語り口から震災について言及する言葉が生み出された。確かに未曾有の大災害と原発被害について、統計データや歴史的事実を参照して掘り下げることは、「巨大なフィクションの繭」から日本人を解放するための絶好の機会になるかもしれない。

 だが、あの日以降、統計学的データや歴史的事例を引用した賢しらな政策論、「日本は変わった」と抽象性の高いモデルばかりを振りかざして使い捨ての議論に溺れる社会学者や評論家、とりあえず題材には選んでみたものの内省が不十分なまま表面的な善意を振りかざす小説や映画がどれだけ生み出されたことだろうか。そのような議論があっさりと通過してしまった無数の死者の声に向き合うこと。彼らの死に漸近することで自己を問いなおす言葉を手繰ること。私たちがやるべきはこれである。大澤を立ち止まらせていたのは、「一人の他者」の死であった。2011年3月24日、福島のひとりの農家の方が自殺した。30年以上有機農業を続けてきた64歳の男性である。彼の次男は、父親が「福島の野菜はもう駄目だ」とつぶやいていたのを覚えているという。人口流出が続き、一部は立ち入り禁止すらされている福島で、土地とともに生きてきた農家の人々がその地を捨てなければならない想像を絶するような絶望。大澤の失語は、震災後の乾いた議論や評論、生み出される大量の言葉が、たったひとりの男性の底知れない絶望に正面から向きあうことなく、「相対的に安全な場所から当事者に向かって偉そうに何かを口にする」ことへの「強烈な違和感」や「怒り」、そして同時に、男性に、社会に、そして自己に対して捧げる言葉を見つけるべく、理性と情念の渦巻く言語の深海に沈潜していたためにもたらされていたのだろう。

 数千字程度の文章で性急な答えを得るつもりはない。まとまりのない内容になるのも当然だろう。大澤のデビュー作『神的批評』に劣らず、「出日本記」は不気味なテクストだ。簡単に結論に着地することなく、引用や旅行記、内省が錯綜する混乱した論考。しかし、読む者の世界が激しく揺さぶられる。あるのは、死者と言葉への真摯さ、例外なく徹底して思考するからこそ生じる底知れない狂気である。だが、震災について語るということは、そういうことかもしれない。長い旅路になりそうだ。

(続)

群像 2012年 05月号 [雑誌]

群像 2012年 05月号 [雑誌]

ニーチェ全集〈4〉反時代的考察 (ちくま学芸文庫)

ニーチェ全集〈4〉反時代的考察 (ちくま学芸文庫)

*1:【グロテスク】「奇跡の一本松」の復元、完全にホラー http://d.hatena.ne.jp/the-world-is-yours/20130306/p2

*2: ニーチェ「生に対する歴史の利害について」『ニーチェ全集4ー反時代的考察』ちくま学芸文庫

*3:子安宣邦「国家と死者の祈念」『現代思想』95年10月号, 青土社

*4:ドミニカ・ラカプラ「ホロコーストを表象するー歴史家論争の省察」, ソール・フリーランダーアウシュヴィッツと表象の限界』未来社

*5:リチャード・ローティアメリカ未完のプロジェクト―20世紀アメリカにおける左翼思想』晃洋書房, 付言しておけばローティの文化左翼批判によって、これらの議論が決着したとは思わない。ここで強調しておきたいのは、あくまで、彼らの議論が筆者の問題意識にそぐわないというだけである。

*6:大澤信亮「出日本記」『群像』2012年5月号, 講談社