木原圭翔「『サイコ』における予期せぬ秘密『ヒッチコック劇場』と映画観客」『映像学』2017年, 97巻, p.24-43

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リンダ・ウィリアムズが2000年に発表した「規律訓練と楽しみ――『サイコ』とポストモダン映画(“Discipline and Fun: Psycho and Postmodern Cinema”)」は、ミシェル・フーコーによる「規律訓練(discipline)」の概念を援用しながら『サイコ』(Psycho, 1960)における観客の身体反応の意義を考察した画期的な論考であり、同作品の研究に新たな一石を投じた。ウィリアムズによれば、公開当時の観客はヒッチコックが定めた「途中入場禁止」という独自のルールに自発的に従うことで物語に対する期待を高め、結果的にこの映画がもたらす恐怖を「楽しみ(fun)」として享受していた。
 しかし、『サイコ』の要である「シャワーシーン」に対しては、怒りや拒絶などといった否定的な反応も数多く証言されているように、その衝撃の度合いや効果の実態については、さらに綿密な検証を行っていく必要がある。本稿はこうした前提の下、シャワーシーンの衝撃を生み出した複数の要因のうち、従来そうした観点からは着目されてこなかったヒッチコックのテレビ番組『ヒッチコック劇場』(Alfred Hitchcock Presents, 1955-62)が果たした役割について論じていく。これにより、先行研究においては漠然と結びつけられていた『サイコ』と『ヒッチコック劇場』の関係を、視聴者/観客の視点からより厳密に捉え直すとともに、シャワーシーンの衝撃に大きく貢献した『サイコ』の宣伝手法(予告編、新聞広告)の意義をあらためて明確にすることが本稿の目的である。

 

北田暁大「分野別研究動向(理論) 領域の媒介」『社会学評論』2007 ,年58, 巻 1号, p.78-93

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富永健一編,2006,『理論社会学の可能性』新曜社

理論社会学の可能性―客観主義から主観主義まで

理論社会学の可能性―客観主義から主観主義まで

  • 発売日: 2006/01/30
  • メディア: 単行本
 

数土直紀,2006,「分野別研究動向(数理)」『社会学評論』57(2):436-53.【本文

吉田民人,2004,「新科学論と存在論構築主義」『社会学評論』55(3):260-80.【本文

長谷正人「分野別研究動向 (文化) ー「ポストモダンの社会学」から「責任と正義の社会学」へ」『社会学評論』2006年, 57巻, 3号, p.615-633

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成実弘至 『問いかけるファッション』

竹内洋『大学という病―東大紛擾と教授群像』 「戦前の東大経済学部の紛擾を,大森義太郎という(蓮實重彦的な意味で)「凡庸」な学者を狂言回しにしながら講談のように生 き生きと描き出す」

大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公叢書)

大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公叢書)

  • 作者:竹内 洋
  • 発売日: 2001/10/01
  • メディア: 単行本
 

 57「酒井隆史『自由論』(2001年)や渋谷望『魂の労働』(2003年)のように,1968年的な新左翼的運動の潮流を特権化し(おそらく絓秀美の問題提起と共振しつつ),そうした運動が新自由主義的な管理社会によって抑圧されていく時代としてポストモダンを批判的に捉えようとする論者」

樫村愛子『「心理学化する社会」の臨床社会学』(2003)

小倉敏彦 『赤面と純情』(2002年)「女性を前にして赤面する男のイメージを『無法松の一生』などの文芸作品から取り出しながら恋愛コミュニケーションを分析する」

岩本茂樹『戦後アメリカニゼーションの原風景』(2002年) 「戦後日本が『ブロンディ』というアメリカ漫画をどのように受容したかを分析することを通して日本社会におけるアメリカのイメージを論じた」 

 

田畑真一「代表関係の複数性 ―代表論における構築主義的転回の意義―」『年報政治学』2017年, 68巻, 1号, p.181-202

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 本稿の目的は, 「代表関係の複数性」 を強調する近年の代表論を 「構築主義的転回」 という観点から捉え, その理論的射程を検討することにある。まず, 従来の代表論の特徴をH・ピトキンの代表論に確認し, そこでの本人―代理人関係という構図を乗り越える一連の試みを構築主義的転回という観点から捉える。その上で, 構築主義的代表論の到達点と言えるM・サワードの 「主張としての代表論」 に依拠し, その意義を明らかにする。他方, 同時にそこで生じる代表関係の複数性とそれら複数の代表関係を貫く評価基準の不在を構築主義的代表論の課題として示し, 民主的正統性という観点からこの問題に焦点を当てる。

 本稿の結論は, あくまで構築主義に立ちつつも, 二階レベルの理論家による判断という仕方で複数の代表関係間の民主的正統性の質を評価するというものである。構築主義的代表理解は, 従来の代表論とは異なる代表生成過程を複線的に明らかにし, 代表を選挙へと一元的に還元することを許さない 「代表関係の複数性」 という新たな地平へと代表論を誘っている。

 

善教将大, 秦正樹「なぜ「わからない」 が選択されるのか : ─サーベイ実験による情報提示がDKに与える影響の分析─」『年報政治学』2017年, 68巻, 1号, p.159-180

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本稿の目的は, 政治意識調査における 「わからない (「DK」)」 の発生メカニズムを, サーベイ実験により明らかにすることである。先行研究ではDKの規定要因として政治関心や政治知識の欠如が指摘されてきたが, 本稿は回答者に情報を与えることがかえってDK率の増加に繋がる場合もあるという仮説を提示し, この仮説の妥当性を実験的手法により検証する。全国の有権者を対象とするサーベイ実験の結果は次の3点にまとめられる。第1に政策のメリットやデメリットの情報の提示はDK率を有意に低下させる。第2に, しかし政党の政策位置に関する情報の提示はDK率の低下にほとんど寄与しない。第3に政党を拒否する層に対しては, 政党情報の提示は逆にDK率を有意に高める場合がある。これらの知見は, 日本では政党が意見表明の際の手がかりとしてはほとんど機能していないという, 有権者の中での 「政党の機能不全」 を示唆するものである。

 

石川敬史「アメリカ革命期における主権の不可視性」『年報政治学』2019 年, 70巻, 1号, p.96-116

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一七七六年にイギリス領北アメリカ植民地がヨーロッパ諸国に公表した 「独立宣言」 は、イギリス本国において一六八八年の名誉革命を経て形成された議会主権が植民地にも及ぶという主張に対する異議申し立てであった。

 一七八三年のパリ条約で独立が承認されたアメリカ合衆国は、条約義務の履行のために統一的な国家を創設する必要に迫られたが、「独立宣言」 に記された革命の原則が、主権を有する国家の設立の足枷となったのである。

 アメリカにおいて主権的国家の設立の最大の障害となったのは、アメリカ入植以来約一六〇年にわたって主権を行使してきた一三諸邦の存在であり、それらを超えて存在する国家主権とは彼らの経験にないものであった。

 本稿では、ジョン・アダムズ、アレクザンダー・ハミルトン、ジェイムズ・マディソンら、「建国の父たち」 の議論を中心に、初期共和政体における主権国家の創設の試みを検討し、特にアメリカにおいては、司法権力がアメリカ合衆国における主権的機能の担い手となった経緯を明らかにするものである。

 111「アメリカ連邦体制に関する通説的な説明においては、連邦と州の競合関 係は、一種の権力分立論の観点から論じられることが多いが、「アメリカ 合衆国建国の父たち」とされる人々の論調を忠実にたどると、強い自立性 を有する諸邦の存在を彼らが必ずしも肯定的に捉えていなかったというこ とが分かる」